第2話 幼なじみフラグは不可避
拓海とくだらない言い争いをして泣かせた翌日。
学校に行くため家を出ると、そこには拓海が腕を組んであまり迫力のない仁王立ちをして待っていた。
「よう、行くか」
「え……いや、なんで」
「おれのこと、こわくないんだろ? ならいいよな」
ふふんと少し意地悪そうに唇をゆがめた拓海を見て、頭を抱えたくなった。
なんという事だ。お子様相手に大人げなく意地を張った結果がコレとは……拓海は私に劣らず負けず嫌いだということをなぜ忘れていたのだろう。
どうやら拓海は私の目の前で泣いたことが恥ずかしかったようで、学校に行く途中しつこいほど「ないたって言うなよ」と念を押してきた。
これが男の子ってやつか……と噛みしめながらウンウン適当にうなずいておいた。
「おまえさぁ、おれのはなしちゃんときいてる?」
「聞いてる聞いてる」
「ホントかよ……」
呆れたような拓海の視線には気付かないふりをして、学校に到着した。
近くの席の子と挨拶を交わしながら席に座ると、当然のように隣に拓海が座った。
……いや、なんでだよ。
思わず心の中でツッコミを入れると、拓海がニンマリと笑って「みはりだ」と耳打ちした。
拓海が昨日泣いたことを私が他の子に言いふらさないための見張り、ということらしい。
仲良く並んで授業を受けることになり、私の死亡フラグのゲージが静かに上昇している気配に脳内でのたうち回った。
なんでこうなるの! 私たしかに避けているつもりなのに!
このままでは拓海との幼なじみが成立してしまい、恋愛フラグがニョキッと立ってしまう。
一度目の人生では私に拓海から好かれているという自覚は全くと言っていいほどなかった。
もちろんラブではなくライクの意味なら自覚はあったが、いつからラブに変化したのかは今でも分からないのだ。
そんな状態では、幼なじみという関係性でいることすら危険だ。
どうにかこうにか拓海から距離をとって、ただの家が近くのクラスメイトとして終わらせなければ……!
悶々と考えている間に授業は終わっていた。
拓海は女の子から「いっしょにかえろ」と手を引かれていたがクールに断り「おれ、コイツとかえるから」と私の手を取りやがった。
女の子たちのジトっとしたあの目は子供ながらに嫉妬を激しく感じて怖かった。
こんな小さい子でもあんな怖い目できるんだ……と少しだけ感心もした。
自分が同じ年の時はどうだったかなんて、もう覚えてやいない。
しかし、私の記憶に残っている拓海はもっと意地悪で口も悪かったから、子供の頃はこんなにも素直で可愛い奴だったのだと改めて知った。
懐かしさと、もう戻れないのだという寂しさ。
「おまえさ」
「お前じゃなくて、いおりだよ」
「いおり?」
「私の名前」
「……ふーん。おれはたくみ」
知ってる、なんて言葉を口に出せるわけもない。
もうあの頃のようにはなれない。なってはいけない。拓海の人生を、私が潰してしまわないように。
「拓海くんね」
一度目の人生では、拓海と呼び捨てにしていた。しかし、今回は心理的距離を保つためにあえて「くん」を付けよう。
小さなことかもしれないけど、私にとって拓海を「くん」と呼ぶことは戒めのように思えた。
一度目の人生と、同じ末路を辿らないために。
子供の体というのは体力が無限に湧いてくる不思議な構造になっているのかもしれない。
どれだけ走っても飛んでも跳ねても疲れを全くと言っていいほど感じない。
え? 子供の体スゴすぎない? 今ならゲーム一週間ぶっ通しでも平気な気がする。
大人の体ではさすがに三日目あたりで体調が悪くなってるくるので、新作のゲームをクリアするまで寝れま10は開催できなかった。
そんなわけで、私はゲームをしていた。……なぜか、拓海と仲良く並んで。
「いおりさぁ、なんでそんなにつえーの?」
「いつもやってるから」
コントローラーを巧みに操り、画面から視線を外さず拓海の言葉に答える。
拓海は普段ゲームはやらないらしく、最初こそ新鮮な様子ではしゃいでいたけど、今は操作の難しさに苦戦している。
ぎこちない動きをする拓海のキャラをボッコボコに叩きのめす私を見てお母さんが「いおり、少しは手加減しなさい」と呆れた声を出した。
拓海はゲームオーバーになるたびに「くそー! まけた!」と悔しそうにジタバタしているので、見ているぶんは楽しい。
非力な弱者をいたぶるのを楽しむ強者になった気分だ。
しかし、入学して二週間でここまで仲良しになってしまうなんて、我ながらコミュ力がありすぎて困る。
不思議なことに拓海以外のクラスメイトとはまだまともに喋ったことがないのだけれど。
話しかけられても「あっ」とか「スーッ」とか気持ち悪い前置きをしてるせいだろうか。
そんな調子で二十数年生きてきた過去があるのでもうそれはそういうもんだと思ってほしい。今さら治し方もわからないし。
そういえば、私は一度目の人生でも拓海以外とは上手くしゃべれなかった気がする。拓海以外の友達が家に遊びに来た記憶もおかしいかな、存在しない。
今思うと、私は相当拓海に依存していたのではないだろうか。
見知らぬ人と話すときはいつも拓海の後ろに隠れていたし、お母さんの次ぐらいに拓海に頼っていた。
元々人見知り過激派なので慣れない相手と話すことは得意ではないし、拓海といるほうが気が楽だった。
もしかしたら、そんなふうに依存していてから拓海はおかしくなってしまったんじゃないか。
私が、拓海を狂わせてしまったのか。
二度目の人生で振り返ってようやく気づくなんて、鈍感にも程があるだろう。
やっぱり、私は拓海のそばにいるべきじゃない。もっと他の友だちを作って、拓海から離れる努力をしなければ。
「いおり、もう一回」
「あっうん。いいよ」
そんなことをぼんやりと考えながらゲームを進めた。
明日は拓海以外のクラスメイトにも話しかけてみよう。
そうして、少しずつ拓海離れしよう。
そしたら、前のようにはいかなくても仲の良い友だちのまま、そばにいられる未来もあるのかもしれない。
「じゃーな、また明日」
「うん」
バイバイ、と手を振って隣の家に帰っていく拓海を見送って、私は部屋に戻りベッドに倒れ込んだ。
「……楽しかったなぁ。はー、楽しかった」
声に出すことで、自分の感情と向き合える気がする。
久しぶりに拓海とゲームをした。高校生になってからはお互いの家を行き来することもなくなり、大学に上がる頃には関わりもほとんどなかった。
子供の頃はこんなにも仲が良かったのに、と思い出を振り返って感傷に浸るぐらい、楽しい時間だった。
そう、関わりが減り、拓海が県外に就職すると聞いてショックを受ける程度には、友達として好きだったのだ。
ラブの意味では好きになれなかったけど、友達としては一番好きだと言えるぐらい、私は拓海にべったりだった。
私の人見知りが治らなかった原因の八割ぐらいは拓海にあるんじゃないかと思うほど拓海は私の保護者で、口ではぶちぶち文句を言いながらも面倒を見てくれるいい幼なじみだった。
けれど、大学を卒業したあの日、拓海に監禁されすべてが変わってしまったのだ。
どうして、拓海はあんなことをしたのだろう。
監禁なんて犯罪行為に手を染めなくたって、私に想いを伝える機会なんていくらでもあったんじゃないだろうか。
拓海は県外に就職するのも、私と新しい家で暮らすためだと言った。
大企業に就職して広い部屋を借り、そこで私と二人で暮らすのが夢だったのだとかつての幼なじみは歪んだ顔を見せた。
その手には金属でできた頑丈な足枷が握られ、逃げる私の足首にそれをはめたあと「これで安心だな」と心底安堵した表情で笑ったのだ。
後にも先にも、拓海のあんな穏やかな顔は見たことがない。
私を物理的に閉じ込め、自分の元に置いておくことでようやく手に入れたと感じるなんて、どうかしている。
そんなことをしなくたって、私は拓海のそばにいたのに。
「いおりー、ご飯よー」
「はぁーい」
階下から聞こえるお母さんの声に返事をしてノロノロと体を起こす。
今更何を後悔してももう遅いのだ。私にできることは唯一つ。
拓海から離れる。それだけだ。
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