恋愛フラグは死んでもお断りします!
赤オニ
第1話 二度目の人生は平穏に
私、藍月いおりは二度目の人生を生きている。
一度目の人生でとんでもない目に遭い、死にかけている時に聞こえてきた謎の声にうなずいたら、もう一度藍月いおりとして生を受けていた。
謎の声は血まみれの私に一言「やり直すか?」とだけ問いかけた。
温かいものが流れ出ていく体は恐ろしいほどの寒気と眠気に襲われ、私は確かに死を間近に見た。
謎の声に最期の力をふり絞り、大きくうなずいたのだ。
気がつくと私は五歳の藍月いおりとして生きていた。そう、私の一度目の人生が終わるすべての始まりと出会う前に巻き戻っていたのだ。
私には、小学校からの男の幼なじみがいる。矢島拓海という。
小学校の入学式で私から声をかけ仲良くなった。
口と目つきは悪いがなんだかんだと文句を言いつつ面倒見のいい男だ。
私には、小学四年の時に家にやってきた義弟がいる。藍月湊という。
ふわふわの猫毛が特徴的な可愛らしい子だ。姉がほしかったのだと言い、義理の姉弟と言えど仲良くしていたと思う。
私には、中学二年の時から深く関わるようになった従兄がいる。藍月陸という。
キッカケは高校受験だった。勉強が得意な従兄に勉強を見てもらっているうちに打ち解けた。
三人とも私にとってはとても大切な人たちで、私から一度目の人生を奪った相手でもある。
拓海には監禁され、湊くんにはお前は姉じゃないとナイフで刺され、最期に手を伸ばした陸兄さんは「一緒に死のう」と笑った。
そう、彼らはとんでもないヤンデレだったのである。
ヤンデレ、好きな人のことで精神的に不安定になる病み状態と、好きな人にだけ見せるデレを合わせた言葉だ。
三次のヤンデレは惨事とはよく言うが、まさにそのとおりだった。
画面越しでは黄色い悲鳴をあげるような台詞も、いざ目の前の人間から発せられると恐怖しか感じない。
親しい人から言われると恐怖を通り越して吐き気すら催す。
特に私は夢女ではないのでヤンデレ×自分は解釈違いも甚だしい。オタクの解釈違いを舐めないでいただきたい。
しかし、うっとりと頬を染めとろけた目で見つめられながら足枷を握った相手から「これで安全だろ?」などと言われた状況で「解釈違いです!」といきなりぶん殴る勇気など私にはなかった。
オタクがイキれるのはSNSと動画のコメント欄だけなのだ。
恐ろしい目に遭った一度目の人生でよーく学んだ私は、理解した。
彼らとの恋愛フラグを立ててはいけない、と。
フラグが立ったが最後、私は一度目の人生と同じ結果を迎えるだろうと予想ができた。
ヤンデレを甘く見てはいけない。彼らは狡猾で策士だ。
気が遠くなるほどの長い時間をかけ、じっくりと獲物を追い詰め必ず己の手中に収める。
一度捉えた獲物は決して離さず、欠けようが壊れようがお構いなしで狂気じみた愛情を注いでくるのだ。
彼らは自己中心的な人間だ。自分の身勝手な愛を押し付け、相手を壊す。時には愛した人の命さえ奪うことすらいとわないのだから、頭がおかしいとしか言えない。
触らぬ神に祟りなし、昔の人の言うことは正しいのである。
つまり、二度目の人生でやることは唯一つ。ヤンデレと関わらないように彼らの人生からフェードアウトすること!
拓海も、湊くんも、陸兄さんも、みんな大好きだった。
私の人生に欠けてはいけない、大切で大きな存在だった。
だからこそ、私は彼らと関わってはいけない。私と関わることで、大切な彼らの人生を壊してしまうくらいなら、最初からいない人として離れたほうがいいに決まっている。
まずは明日控えている小学校の入学式から。私はそこで幼なじみと出会う。まずはここから潰そう。
大丈夫、きっと上手くいく。私の明るい未来にヤンデレはいない!
「これ、おとしただろ」
「あ、ありがとう……」
ひくりと引きつった頬はバレていないだろうか。ドキドキと心臓が激しく脈打つ。
入学式では誰にも声をかけなかった。すべての始まりである拓海と入学式で知り合わなければ、きっと上手くいく。そう思ったのだ。
一度目の人生では私から声をかけた。しかし、二度目の人生では拓海の方から声をかけてきた。
私が落としたハンカチを拾ってくれたのだ。
お礼だけ言って、私はそさくさと拓海から離れた。
あぶなー……まさか拓海のほうから声をかけてくるとは思わなかった……落とし物しないように気をつけなきゃ。
入学式が終わり、授業もなく家に帰る。
お母さんが迎えに来て一緒に帰るが、帰り道はなんと拓海と一緒になってしまった。
そう、幼なじみなだけあって私と拓海は家がとても近い。いいや近いなんてものではなく、隣同士なのだ。
私の部屋と拓海の部屋が隣合っていて、窓を開ければすぐに会話ができる状態だった。
しかし、二度目の人生でそんなヘマをするわけにはいかない。
お母さんと談笑する母親と手を繋いだまま、じーっと見つめてくる拓海の痛いほどの視線に気づかないフリをしながら私は必死に頭を働かせていた。
一度目の人生と同じあの部屋だけはイヤだと言おう。部屋なんて他にもあるし、拓海が声をかけようと思えばすぐに声をかけられるあの部屋以外ならどこでも……!
「なぁ」
「ひっ、へ、な……なに?」
「おまえさ、なんでそんなにビクビクしてんの」
成長したあなたに監禁された経験があるからです、とバカ正直に答えるわけにもいかない。
「……そんなことないよ」
とりあえず否定しておく。ここで黙ってしまうと、認めたような感じになってなんだか悔しい気もした。
しかし、拓海はむっと唇をわかりやすく尖らせた。
「してるだろ」
「してないよ」
間髪入れずに否定する。思えば拓海と私は幼なじみでありライバルという存在だった。
一緒にして楽しい相手でもあり、絶対に負けたくない相手でもあった。
私はインドアなオタクで拓海はアウトドアな陽キャ。まるっきり立場の違う二人だけど、不思議と気が合ったのだ。
勝負事は基本ゲームで、毎日自室で一人鍛え上げた私が勝つことが多かったけど拓海はそのたびに悔しそうに「くっそー!」と叫び、私はそれを見てケラケラと笑う。
楽しい毎日だった。
ほんの少し、そんな日々が帰ってきたような気分になった。
恋愛フラグが立ったあとの拓海は違っていたのかもしれないが、未だに私はどこでフラグが立ったのか分からないままなのだ。
拓海は一体いつ私を好きになったのだろう。
私はどうして拓海の気持ちに気づかなかったのだろう。
あのまま幼なじみという関係では、ダメだったのだろうか。
「してる!」
「してない」
頑なに否定する私に、拓海はイライラを隠さず声を荒らげた。
ああ、こんなふうにくだらないことで言い争いもしたなー、なんて過去を振り返りたくなる。
「……うそだね」
「嘘じゃないよ、ホント」
「じゃあなんでがっこうでこえかけたときビクってしたんだよ!」
「だからしてないって」
「こーら、急にどうしたの」
「喧嘩しちゃダメよ」
繋いでいた手を振りほどき私を指差し「おれのことこわがってた!」と興奮した様子で声をあげる拓海を母親がなだめる。
お母さんも私に目線を合わせ「何かあったの?」と声をかけてくる。
拓海は「あいつおれのことみてビクってしたんだ!」などと繰り返し主張する。
「おれ、なにかしたかなっておもってきこうとしただけなのに、なんでちがうって言うんだよ!」
感情が高ぶった拓海はとうとう「あぁー」と声をあげて泣き出してしまった。
お子様を泣かしてしまった。見た目の年は同じだけど中身は倍以上違うというのに、大人げない対応だったかもしれない。
住宅街でわぁわぁと大声で泣く拓海を母親が宥め、お母さんは「うちの子が意地張っちゃってごめんなさい」と謝っていた。
小学校の入学式で拓海と関わらないことを決めていたのに、さっそく仲良く? なってしまった。
どうしよう、こんなはずでは……。
「わぁぁん、あいつきらいー!」
「よしよし、そんなこと言わないの」
「いおり、謝りなさい」
「私悪くない」
二度目の人生、上手くいくのか今から心配になってきた。
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