作品メモ 長編その2

『あの娘に「すき」と言えないワケで』


 2020年7月~12月執筆。

 カクヨム版2021年12月10日~2022年1月23日連載。


 初稿:117,921文字

 第二稿:124,223文字

 完成稿:125,828文字

 カクヨム版:123,094文字


 実績:第28回電撃大賞、三次選考通過



 長編では5本目となる、この作品。

 コロナ禍と少し精神的に病んだ休職(後に退職して転職活動する)が重なり、鬱々としていた。

 アパートでは急に仕事にも行かずに平日もずっと居て、他部屋の住人に不自然に思われないように、「今話題のテレワークというやつでっせ」と涼しい顔を演じる滑稽で愚かな自分が嫌でしょうがない時期だった。

 前年に亡くなった母のこともあり、平日も部屋の中で悶々と考え続けるという生活では、執筆だけが唯一の癒しだった。とにかく物語を紡いで、パソコンで文字を打っていないと、自分が社会に無意味で無益な奴だと思って仕方なかったから。


 そういう中で、ご先祖と自分の繋がり、いま生かされている意味を延々と考えていくうちに自分のルーツに思い至った。

 大正末期、祖父が幼い頃に亡くなった妹。名前があったのかもわからない、生年月日も命日も定かではない、ただ戒名だけが残された妹さんのことを思い出し、それを描こうとした。

 それが、主人公の孝志の高祖父の妹にあたる座敷童の「ふみ」のモデル。


 孝志の生まれた群馬県みどりさわ村は将来ダムに水没する、という設定。

 そのダムのモデルは群馬県みどり市あずま町にある草木ダム。

 彼らの生まれた町は東京から特急で2時間、そこから、わたらせ渓谷鐵道でさらに40分の、神戸ごうど駅。本当に中学しかない町だ。

 小さな町中を車で回り、歩いて見て回り、風や匂いや景色や音を肌で感じた。

 夏祭りの夜に孝志と同窓生が別れた道路の分岐すらモデルの場所がある程だ。


 この作品は、孝志の周りにクラスメイトとその姉、地元の同窓生と、ヒロイン候補みたいな女性が多く出てくるが、これはいわゆるベタな『ラブコメ』ではない。

 90年代に私が多感な小~中学生の頃に観た『木曜洋画劇場』のアメリカ映画のような作品にしたかった。2時間の作品のうちに、笑いあり涙あり、ホラーやSFや、エロティシズムもあり、といった娯楽作品を見て育ったので、そういう作風にしようと思った。

 なので、この作品はあくまで『ロマンティックコメディ』。


 ところが、ドタバタ風コメディあり中途半端な感動路線あり、ラノベに振り切ってないライト文芸チック文体というスタイルが、ウケは悪かった。

 結果として電撃大賞さんでは健闘してくれたが、そこまで。

 評価シートでも是非は半々といったところだが、やっぱり辛口な意見であった。

 さらにカクヨムの長編ではPVがさっぱり伸びていない。

 さすがに木曜洋画劇場や古き良きアメリカ映画は、もはや流行らないのだろうか。


 でもまぁ、これを書けたのは結果として良かったと思っている。


 もともと、この作品で執筆をやめようと思っていたのだ。

 鬱まがいの精神状態で、無職で役立たずな自分が文章を書いたって、というか人生だって上手くいく訳がないと思っていたから。

 なので、日本最高峰の公募である電撃大賞さんに応募して「お前には才能ねぇよ」とアッサリ介錯して貰おうと思った。

 あと、私の作風は今時のライトノベルとは到底言い難いので、メディアワークス賞も併設されている電撃さんが一番ふところが深そうだったから。

 そしたらまさかの奇跡、四次選考までいったもん。

 書くのをやめるのをやめますよ、そりゃあ。


 だもんで、群馬県は今でも聖地として、大切な場所になった。


 ラストで孝志は無事に結婚をして子を設けるわけだが、妻の容姿の描写や名前は敢えて伏せて書いた。

 この物語を紡ぐのは孝志自身であり、読者の皆様である。

 加奈と添い遂げたのか、同窓生の梓と寄りを戻したのか、それとも全く別の女性と一緒になったのか。それは想像にお任せしたい。


 なお作品のテーマソングは、熊本が生んだ稀代のフォークシンガー、故・村下孝蔵先生の『同窓会』。

 氏の生前のラストシングルです。ほんといい曲なんだよねぇ。




『神のまにまに』


 2018年11月~2019年6月執筆。

 カクヨム版2022年4月2日~6月8日連載。


 初稿:133,013文字

 第二稿:149,239文字

 完成稿(京アニ版):157,105文字

 完成稿(MF版):154,763文字

 カクヨム版:143,186文字


 実績:第11回京都アニメーション大賞…中止

 第16回MF文庫J新人賞…一次選考通過(旧題『かみまにっ!』)

 


 カクヨムに公開した長編では4本目だが、執筆順では処女作である。

 だから、邑楽じゅんは『東洋の魔女』や『太陽が2個あってもいいじゃない!』を書いてるうちに、徐々に堅いライト文芸に寄っていったのではない。

 最初からこういう作品を書いてて、ちょっとラブコメに寄り道して、また前作の『あの娘に「すき」と言えないワケで』に回帰した、というわけ。


 そもそも処女作からして、女の子を主人公に書こうと思ったのだ。

 これは私が青春期に親しんだ女性向け漫画、由羅カイリ先生の『アンジェリーク』や、氷栗優先生の『カンタレラ』が好きだったからだ。

 もちろん少年ジャンプとかも普通に読んでたけどね。

 書くなら女の子主人公の話!と、ごく自然に思い至った。


 これは発端となる夢の話がある。

 今から15年近く前に見た、不思議でおかしな夢をモチーフにしている。

 その夢の記憶が生々しく残っていたので、記録を取っておいたが、ある年の京都旅行で急にピンと来たわけだ。

 そこから「この作品をラノベにしてみようと思う」と、それまで小説なんか書いたことないくせに、友人達に宣言したのである。

 その夢の主人公格が巫女らしい人物だったので、女性主人公にした。


 でもどうせ素人の駄文だ。

 自分の才能にも期待していないし、これであれよという間にプロデビューだなんて変な夢想なんか見ないようにしたい。

 なので、どうせ京都をモチーフにした作品なのだから、京アニ大賞さんに応募して「お前には才能ねぇよ」とアッサリ介錯して貰おうと思った。

 それきり趣味の小説もこれ1本コッキリで、やめにしようと。


 そしたら、あの事件だもん。

 そのまま終わるのもなんとなく悔しいから改稿をしてMF新人賞さんに託したら、一次選考通過。

 処女作が健闘してくれたわけだから、そりゃ嬉しくて小躍りするわけだ。

 書くのをやめるのをやめますよ、そりゃあ。



 ところがフィクションとはいえ、カクヨムに公開するのはちょっとドキドキしていたのがある。

 そもそもモチーフが露骨なパロディの連発だからだ。

 主人公からして「貴船さん」「八坂さん」だの、カクヨム的に問題ないだろうか。

 さらに「右源太・左源太」「ふじや」「ひろや」、祇園「畑中」だの、これゼッタイ怒られるやつやで、と戦々恐々としていたものだ。


 ちなみに、英会話講師のステーシーのモデルは、若かりし頃のメグ・ライアン。

 まさにロマンティックコメディの女王の名を欲しいままにしていた、90年代の美しくて可憐なメグ・ライアン。金髪の波打った癖毛がまた非常に似合う。

 そういう意味でも、『あのすき』と『かみまに』の2本は、自分にとっても非常に大切な作品であり、相互リンクしているともいえる。


 あっ、相互リンクと言えば、天空の祭壇の女神アメノトリフネは、『太陽が2個あってもいいじゃない!』でも活躍しています。ご覧あれ。

 これはもともと『神様シリーズ』と呼ばれていた、私の初期三部作がゆえんだ。


 あと、ほぼ改造人間のように全体を改稿し尽くしたこの作品だが、讃美歌106番のネタは京アニ版の初稿からある。『教師と巫女』だけはこの作品のシチュエーションでないと出来ないので、とにかく載せたかったのだろう。

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