日本人の死生観と四季と異世界転生

 日本人は「お若いですね」と言われると、無性に喜ぶ。


 欧米人も美容整形などで若さを維持している人もいるが、それはいわゆる日本人の若くて褒められるというニュアンスとは異なるらしい。

 美容整形やエクササイズなどで、若さを保つ時間と金銭面の余裕がある人――それを示すことで総称たる『セレブ』と呼ぶらしい。



 はて、では日本人は何故に若さにこだわるのだろうか。

 これは日本人の死生観と特有の気候が関係しているのかもしれない、と私は思い至った。


 日本には幸いにも明確な四季がある。

 春は花が芽吹き、夏に緑を濃く、秋に葉を色づかせて、冬は枯れ果てる。

 北海道や沖縄、南北の差こそあれ、これは日本固有の気候区分のおかげだ。


 日本人は、枯れ果てた草花が息づく春をひとつの復活の象徴として、逆に冬は死の象徴と考えていたのではないだろうか。

 太陽も弱々しく、大地も寒い。

 これは日本神話にも言えることでアマテラスは天岩戸に隠れた。この神話を三世紀頃の皆既日食となぞらえて読む向きもあるが、太陽の力が復活する春こそが四季の始まりであり、その力を失う冬は死期であったのではないか、と。



 伊勢神宮も遷宮と言って、20年に一度、本殿を建て替える。

 これは太陽神を祀るアマテラスの加護そのものである太陽も、その恩恵を受ける自然や生物も、力を失った後に再生し、若々しく蘇る、そしてその力は永遠不変のものであり、不滅のものである。それのひとつの形式的な祭祀が遷宮だったと個人的には思っている。


 そうして自然を敬い、人間には無い自然の生命力を讃えたのであろうと。

 

 では、人間を含めて生物はどうなるでしょうね?


 若々しい生命力に溢れた者も、いつかは枯れ果て、そしてその肉体を失う。

 古来から日本人は死を穢れと考えて恐れた。

 生病老死は、人間が避けては通れない道。

 やがては迎える死を如何に遠ざけるか、それが人間の弱さであり、大自然には無い脆さだったのではないか。


 だから、日本人は若さに異常に執着する。

 外国人が年齢は「人生の年輪」であり、経験こそがステータスと考えるのに対して、日本人は老いていくことを恐れる。


 だからではないだろうか。

 日本には老い=忌み嫌うもの、若さ=尊いが脆いもの、という図式が成り立つ。

 それは創作の世界でもそうだ。


 浦島太郎は玉手箱を開けておじいさんになってしまった。

 桃太郎は、桃から生まれたのではなく、川を流れていた桃を食べたおじいさんおばあさんが若返ってしまい、昔を思い出してアンアンした結果、生まれた子だ。



 それ以外の現代の作品だって同様。


 16歳の誕生日の朝に、母親から「勇者」と呼ばれて冒険に出される。

 15歳で、ニュータイプとして宇宙戦争に参加する。

 14歳で、汎用人型決戦兵器に乗る。

 13歳で天空の城の末裔の王女が空からやってきて。

 10歳の子が怪物の集まる湯屋で働くことになるのだ。


 これは、どの物語もそうだが「めでたしめでたし」で終わる訳もなく、主人公たちはきっと成長したら、退屈で厄介なオトナの生活を送ったはずだ。

 でも、そうはならない。

 彼らは言わば、春に花開き、一気に散っていく桜を愛でる感情に似ている。

 若くて華やかな時間は一瞬である。

 あとは退屈で冗長で面倒な『物語のその後』を送りながら老いていくばかり。


 つまり、日本人は本能的に『若くない自分に待つ宿命』を察知している。

 それは単に生物学的に老いて死んでいくという意味だけではない。

 春に花散る桜のごとく、夏を彩る夜空の花火のごとく、一瞬の輝きの中に宿る強さや儚さを知っているからこそ、老いていく自分がイヤで仕方ないのかもしれない。



 言い換えれば、今の時代は異世界転生ですね。

 まだ若い身空ながら、早くも将来を悲観して、全く異なる世界でひと花咲かせて、絢爛豪華な一瞬の世界を楽しみたい。

 そう思えるのは政治の怠慢であったり色々理由はあるのでしょうが、ここでは議論すべき内容ではないので控えさせていただく。



 ここからはまったくの私見ですけどね。

 最近のトレンドは異世界転生して追放されてからのざまぁだの、スローライフを目論むつもりが謎のスキルでいつの間にか成り上がってましただの――。

 鬱屈とした現実と対比させ、そこから綺麗に咲き誇りたいという願いはわかるが、あまり最初からご自身を卑下されて、その理想や夢想を投影されるのは、いかがなものかと思いますが。どうなんでしょう?

 そんなにつらい何かがあったんですか?って心配になっちゃうけど。


 このあたりの隔世の感がオッサンになった証左ともいえる。

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