チート(≒美容)は一日にしてならず

 以前、勤めていた会社に美魔女が居た。

 唐突になんの話題かと思われるかもしれないが、実際に美魔女が居たのだから、しょうがない。

 

 美魔女さんは、私が生まれたその年、その月からパートタイマーをし始めたという、そこの会社では生き字引のような方だ。だからご年齢もお察しではある。

 だが、美魔女なんだからしょうがない。

 それはそれは若々しく、周囲のママさん達や、うちの母親や叔母よりも遥かに見た目はおキレイだった。


 その美魔女と私はウマが合った。


 男女とは言え、自分が目指す美への執着というよりは、他人に見られることへの気遣いとか、相手への配慮という点では、私も美魔女も意見が合った。

『顔はその人の名刺』とか言ったりするが、例えば私ら男なら、鼻毛が出てないか、耳毛が生えてないか、白髪を染めるか、アラサー、アラフォーになって腹がでっぷりと出ていないかetc……なるべく好印象を持って貰うように気遣うことが『美』であると極論は考えている。


 あともうひとつは、外見だけ若々しく取り繕っても、内面が腐ってるとか、どうしようもない無法者という感じだと、やはりその腐った人間性が表情や行動に出ることがある。

 道路に唾を吐かない。タバコをポイ捨てしない。他人を貶めない。食事を摂生する。睡眠を良くとる。そして、ちゃんと肌や髪をケアする。

 だから『美』は、退屈で地味な作業を毎日繰り返すことができるようになる自分の性格を律する自身との闘い――そう美魔女に教わった。



 美魔女は女性ではあるが、息子ほど歳の離れた男である私への忠告も実に的を得た未来予知的なものであった。

『いい? 若さも髪の毛もあるうちに育てるのよ。いまお肌にハリがあっても、髪の毛がふさふさでも、お手入れを欠かしたら、いつの日かきっとサボった事を後悔する日がくるの。だから何事もあるうちに大事に育てていくのよ』


 その当時の私には話半分という感じだった。

 美魔女に言われる通り、ヒゲ剃り後に化粧水を付けたり、風呂上がりに育毛剤を噴霧するということが、やや面倒くさくあり、実際にやってみる日はまちまち、といった風情だ。


 その当時は、美魔女の影響で某フランスL社の化粧水をヒゲ剃り後に使ったり、フレグランスな香りのするシャンプーを使っては、髪を風になびかせてフローラルな匂いに勝手に酔いしれていた。我ながらどうしようもない奴だ。

 だが、やはり加齢に抗えるものではない。

 少しばかり後退し始めた生え際を見て、大変に後悔した。

 そこで美魔女の言葉が蘇る。


 私はL社のフローラルなシャンプーをやめて、男性用の毛穴汚れスッキリ系のものに切り替えた。育毛剤も欠かさないようになった。

 そうしたらどうでしょうか?

 枯れた大地に芽吹くかのように、宿主に愛想を尽かして去っていったはずの彼らは、また不毛の大地に返り咲いたのだった。

 それまで使っていたシャンプーは全然ボタニカルじゃなかったわけだ。

 あくまで個人の感想ですよ。



 そして、幾星霜――。


 今の職場で、私は『実年齢は若くはないけど若々しいオッサン』という、宙ぶらりんな立ち位置になった。

『お若いですね』と言われても、オッサンはあくまでオッサンなのだ。

 逆に薄毛たり腹が突き出ていたら、むしろどんなに気楽だったかと思う。

 それゆえ、食事を摂生して、メンズビゲンで白髪染めを続け、育毛剤とシャンプーで頭皮も叱咤して、ハイチオールでお肌のシミケアをしているわけだ。

 欲を言えば、タバコをやめたらもっとお肌にいいのかもしれない。


 結論。

 他人が羨むチートは全て些細な努力の賜物である。

 お若い諸氏は、今から始めるのが先物買いのチャンスでっせ。


 スライム倒して何百年――とかいう作品もあるわけだし。

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