⑦次元生物

 実隆の呻き声は続いていた。


「壊れていく、崩れていく、何もかも……。

 沈む! 沈んでいくじゃないか! ああぁぉぉぉっ!」


 実隆は何かから逃げ惑うように暴れている。信介は実隆を捕まえ、その動きを止めようと悪戦苦闘していた。

 だが、実隆が信介に視線を向けた時、様子が変わる。


「シンスケ……トモダチ……」


 実隆の表情から恐怖が消えていた。あらゆる表情が消え、ただ茫然とした表情で信介を見ていた。

 信介はその言葉にスッと感情が冷えるものを感じる。かつて、異形の怪物や正気を失した人間から語り掛けられたのとまったく同じ言葉だった。

 その真意を窺うことができず、信介はただ恐怖に引きることしかできない。


 一方、泰彦は信介に潰された蟲の死骸を眺めていた。そして、何かに気づいたように語り始める。


「これは、準四次元生物のミシファイカイリーじゃないか。

 古のものによって生み出されたともいわれる寄生生物。ショゴスやシィヤピィェンを宿主として半永久的に生き永らえるとされるが、極稀ごくまれに人間やそれ以外の生物に寄生することもあるという話だ。

 ミシファイカイリーはあくまで三次元の中で生きているものの、四次元の視覚を持っているといわれる。それを宿主に共有するらしい。

 つまり、今、実隆は未来か過去を見て恐慌に陥っているということだろう」


 長々とまくし立てる泰彦に信介が吼えた。


「ぐだぐだ話してる場合じゃねえ! どうすりゃいいか、それだけ教えろ!」


 その言葉に泰彦もハッとする。


「正直わからん。だけど、右目を何かで覆ってみてくれ。それで遮断できるかもしれない」


 泰彦の言葉に信介は戸惑う。

「何かってなんだよ」

 そう言いつつ、自分の手で実隆の右目を覆った。


「……う、あ、ここは? あ、ああ、大空洞か。そうだ、信介と泰彦と落ちてきたんだ。ああ、そうだ」


 実隆の表情が戻る。そう思えた。

 信介も少しだけ安堵する。


「実隆、俺たちが、ここがわかるんだな。良かった。

 おい、初めて泰彦が役立ったな!」


 喜びがあふれ、声がはずむ。だが、泰彦はそれを聞いて心外だという表情をした。


「いやいや、もっと役に立ってるでしょ、俺」


 抗議の言葉を上げながらも、泰彦はタオルを使って即席の眼帯を作る。それを実隆に巻き、信介は彼の右目から手を離した。

 実隆は落ち着いたようでありながら、それでも恐怖は拭いきれないようだ。


「話したほうがいいな、俺が何を見たか。

 俺が何を体験したのかを」


 実隆はぽつりぽつりと話し始めた。

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