⑤狂乱の獣

「ハリウッド映画みたいなこと言うけど、いい知らせと悪い知らせ、どっちから聞きたい?」


 信介が奇妙な言葉を放つ。

 泰彦はキョトンとするが、実隆はそのまま受けた。


「いい知らせから頼む」


 それに対し、信介が淡々と答える。


「いい知らせは獣を見つけた。

 カモシカだな。この先に抜け穴がある可能性が高いぞ」


 実隆と泰彦の目に輝きが宿った。どれだけ歩いていても出口がある保証なんてなかったのだ。このルートも結局は徒労に終わる可能性が高いと二人とも思っていた。それが報われるとわかったのは何よりの僥倖ぎょうこうだ。

 しかし、それを払拭するほどの困難があるというのだろうか。先頭を行く信介が邪魔になり、二人にはその先はあまり見えていない。


「それで悪い知らせは?」


 実隆は不安に駆られながら尋ねる。


「なんかわからんが、めちゃくちゃ暴れてるぞ。なんだあれ、狂乱の角鹿か!? 泰彦、電磁放射システムを準備しろ」


 それを言われて、二人は慄然とした。

 泰彦は大慌てで電磁放射装置をふところから取り出そうとする。そんな様子を見て、実隆は深々とため息を吐いた。


「お前さぁ、そういう危険を知らせるのに、劇的な演出しないでくれよ」


 信介はそう言われても飄々としている。まだ危険は少ないと踏んでいた。

 カモシカは全体に茶色いが、首周りを白いたてがみのような毛で覆われている。額には小さな角が二本生えていた。その脚力で突進するカモシカと接触すれば恐ろしい殺傷力があることは明らかだった。


「大丈夫だ。ライトは何度か当てているが、反応はない。だが、何にパニクってるんだ?」


 カモシカは何か見えない敵と戦っているかのように、あるいは見えない何かから逃げているかのようだ。無秩序に走り回り、洞穴の壁に激突しては右往左往していた。まさしく、狂い乱れている。そうとしか見えなかった。

 泰彦は電磁放射装置を手に構えつつ、信介と実隆に守られながら、徐々にカモシカに近づいていく。動く獲物は狙いづらい。少しずつにじり寄り、泰彦は照準を定めた。


 だが、その瞬間だった。急にカモシカが走り始めた。あろうことか、三人のいる方向にである。

 全速力で走ってくるカモシカは想像以上に速い。三人は慌てて回避するが、泰彦は電磁放射装置を落としてしまった。


「おい、バカ!」


 信介は思わず大声を出す。それに反応するかのように、カモシカはUターンして信介のもとへ戻ってきた。

 信介は落ちた電磁放射装置を見つけると、飛びついて拾い、そのままカモシカに放つ。カモシカの筋肉が収縮し、その筋肉のすべてを止めた。

 だが、動きまでは止まらない。カモシカは転倒したように、転がり始め、そのまま信介にぶつかりそうになった。


「信介!」


 実隆が叫びとともに、信介を引っぱりカモシカとの激突を回避させる。カモシカの回転は止まり、その場にうずくまって倒れた。

 どうにか危機は回避できたのだ。そう思えた。

 しかし、何かがおかしかった。カモシカの目から細長い蟲がうごめいていた。巨大なミミズのようにも見えるが、全身が真っ白で、その先端に開いた口には円状に牙がびっしりと生えている。その姿はあまりにもおぞましく、醜悪であった。


「なんだ、これは?」


 信介はその異形にライトを浴びせながら、思わず硬直した。

 その間も蟲は蠢き、カモシカの眼窩がんかから飛び出し、信介に向かって喰らいつこうとする。


「危ない!」


 咄嗟に実隆がその細長い蟲を掴んだ。寸でのところで、信介の目に噛みつかんとするところだった。


「ナイス、実隆!」


 泰彦の喝采が響く。実隆も安堵したのか、「ハハハ」と渇いた笑い声を上げた。

 だが、蟲はつるりと滑る。そのまま実隆の右目に入り込んでいった。

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