③暗闇を越えて

 信介は暗闇の中で立ち上がる。

 そして、ヘッドランプを取り出して明かりを点けた。


 ヘッドライトで周囲を照らす。足元には黒い粘液生物ショゴスが横たわっており、もう動く気配がない。

 一時はこの生物に全身を覆われていた。纏わりつくような不快感はあったものの、今となってはそれもない。いつの間にか乾いた状態になっている。


 近くに動くものがあった。二本の腕と二本の足。人間だ。

 ヘッドランプで直接照らすと、それが実隆と泰彦であることがわかった。


「おい、立てるか?」


 信介が声をかけると、二人は立ち上がる。そして、それぞれヘッドライトを取り出して、明かりを灯した。

 周囲を見渡すと、意外にも広い空間が広がっている。見上げると、上方に僅かながら光明が見えた。しかし、どれだけの高さなのかわからないくらい、遥かなる高みだ。足がかりになるものもなく、とても登れそうにはなかった。


「一体、何が起きたんだ?」


 実隆が疑問を口に出すと、泰彦が仮説を立てる。


「電磁放射装置でショゴスの動きは止めきれなかったけど、感覚器官が狂ったのかな。俺たちを覆った部分の反対側から酸が出て地面を溶かしたみたいだ。

 それで地面が抉られて、この地下空洞に落ちてきたってところかな。幸か不幸かショゴスがクッション代わりになったんだろう」


 説明を聞いて、実隆はまじまじとショゴスを見る。


「地面を溶かす酸ってゾッとするな。奇跡的に生き残ったってわけか。

 とはいえ、この状況は弱ったな。信介、どうする?」


 実隆が様子を窺うと、信介は地図を開いて眺めていた。


「無論、ここから脱出する。さっきの場所より低い稜線に行けば穴が開いているかもしれない。まずは向かってみるしかないな」


 信介の言葉は力強く、精神的に参っていた実隆と泰彦にも活力が戻ってくる。実隆も地図を見て意見を出し、ルートを決定した。

 三人はその場を後にし、信介の指示する方向に歩き始める。


 当然のことだが、暗闇を歩くことは危険極まりない。ライトなしでは足元すら見えず、いつ足を踏み外すかわかったものではない。

 地下空洞内ではそれはより顕著だ。足元はもちろん、目の前に何があるかもわからず、天井に突起でもあれば強かに頭を打つことだろう。

 彼らはそれぞれヘッドライトで前方、地面、天井を確認し、一歩一歩を慎重に進んでいく。未然に事故を防ぐことは、この切羽詰まった状況において、何よりも重要なことだ。


「さっきの電磁放射システムだけど、俺にも使い方を教えてくれ」


 歩きながら、信介が泰彦に声をかける。

 実隆も「俺も教えてほしい」と妙に弾んだ声で乗ってきた。近未来的な機械に興味が湧いているようだ。

 それに対し、泰彦は渋い返事をする。


「いやいや、簡単に貸せるわけないでしょ。あれ借りるの、すげぇー面倒くさい書類を延々と交わし続けなきゃいけなかったんだぜ」


 それに対し、二人から非難が巻き起こる。


「おい、今は非常事態だぞ。これからお前にどんなことが起きるのかもわからない。そんな時、俺たちが電磁放射システムを使えれば、回避できる危機があるかもしれないだろ」


 信介の言葉についに泰彦も折れた。少し立ち止まり、信介と実隆は電磁放射装置の使用方法を教わる。


 やがて、三人は空洞の中から狭まった洞穴へと進む。幾度となく行き止まりの穴に入りつつも、ついに、その先が開けている穴を発見した。その先へと足を踏み入れていく。

 そして、目を疑った。視界が広がると、彼らの目に飛び込んできたのは、広大な湖だったのだ。

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