②黒い粘液生物

 黒い水溜まりは次第に盛り上がり、まるで生き物でもあるかのように、信介たちに向かって緩やかに動いていた。

 信介はその生物とも言い切れない物質にどこかで見覚えがあるようにも思ったが、どこで見たのかは思い出せない。


「ぬうぅ、あれは……」


 泰彦が妙な呻き声を上げる。その様子に信介が反応した。


「知っているのか、泰彦」


 泰彦は自分の懐辺りをまさぐりながら答える。


「ミスカトニック大学で見たことがある。あれはショゴスだよ。

 いにしえのものが生み出したという不定形生物で、筋力も知力も高くて、生みの親を滅亡に追いやった元凶でもある。信介の遭ったシィヤピィェンの親戚みたいなやつだ。

 ミスカトニックで見たのは破片くらいに小さかったから、あんなデカいのを見るのは初めてだな」


 いつになく緊迫した雰囲気が泰彦にはあった。それを感じ取ってか、実隆が焦れた声を出す。


「そんな生物なんて、聞いたことないんだけど。なんで当たり前みたいに話してるんだよ」


 信介と実隆は黒い粘液ショゴスの様子を窺いつつ、どう逃げるかに頭を巡らす。だが、泰彦は懐から銃器のような奇異なる器具を取り出していた。銃器というには銃身が短く、銀色の工具のようでもある。

 これは信介にも見覚えがあった。かつて、ミスカトニック大学の調査隊に参加した際、教授の使用していた電磁放射システムだ。動物を痙攣させ、その動きを一時的に止める驚くべき技術を持った武器である。


「泰彦、それで何とかできるのか?」


 信介の問いかけに、泰彦は緊張した声を発した。


「わからん。けど、やるしかない」


 泰彦はショゴスに腰が引けたような動きで少しだけ近づくと、引き金を引いた。その瞬間、ショゴスは急激に膨れ上がる。


 ――テケリ・リ


 怪鳥けちょうのような鳴き声が響いた。

 それに驚いたのか、泰彦は体勢を崩して、倒れ込んだ。信介と実隆はすぐさま泰彦の元へ行き、起き上がらせようとする。

 だが、その時にはショゴスは数メートルほどの高さにまで膨れており、そのまま流れるような動きで三人を呑み込んだ。


「あぁぁぁぉぉおおおおっ」


 誰かの叫び声が聞こえていた。

 信介の視界は真っ暗になり、全身が液体のような粘性のものに覆われていく。それと同時に体が浮遊する感覚があった。

 やがて、地面に落ちたかのような緩やかな衝撃があった。まさか、ショゴスとともに地面を落下し、ショゴスがクッション代わりになったのだろうか。


 信介は悪夢の中で見た、黒い塊に呑み込まれる感覚を思い出していた。


 視界は真っ暗であった。一体、どこまで落ちたのだろうか。

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