⑥テント設営

 信介たちは少しだけ歩くと、平地を見つける。そこに急ぎ向かうと、信介が声を上げた。


「ここをキャンプ地とする! 実隆、テントを用意してくれ」


 テントは信介と実隆のどちらも持ってきていたが、信介は一人用テントとビバーク用のツェルトを運んでいた。それに対し、実隆が持っていたのは二人用のテントである。登山に不慣れな泰彦に配慮して、彼にテントを持たせないためだった。


「キャンプなのか。まだ日はあるぜ。ビバークで様子見じゃないのか?」


 実隆が疑問を呈する。

 実隆のいうビバークとは緊急的に野営することを指すが、この場合は、悪天候をツェルト(簡易的なテント)でやり過ごし、再度先へ進むつもりだったのだろう。それに対して、信介のいうキャンプは本格的に野営することを意味していた。簡易的なツェルトでなく、テントを建てようというのだろう。


「これは異常気象だ。すぐやむだろうなんて判断はしない。できるだけの危機回避をするぞ」


 信介は突如として降り始めた季節外れの雪に嫌な予感を感じている。かつて房総で起きた惨劇も始まりは異常な災害からだった。

 何が起きてもおかしくない。そんな不吉な思いがあった。


 本来、テントというものはどこにでも立てていいものではない。キャンプ場やキャンプ指定地といったテント泊を許可された場所でのみテントの設営は許される。

 だが、今はテントの有無が生命を分ける事態であった。こういう場合は緊急避難として許されるであろう。


 信介と実隆は二人で協力してテントを建て始めた。泰彦も手伝いを買って出たものの、邪魔なのでパーティの荷物の番だけを任される。

 テント本体を広げ、それぞれでペグ打ちをし、ポールを組み立てた。そうして、テントを広げる。さらにペグを打ち込み、レインフライをテントに被せて固定する。そして、各部を強化していく。


 テントが完成した。だが、その時にはすでに降雪は本格的なものになっていた。

 三人は雪をどうにか払いのけると、テントの中に入った。信介の持っている一人用のテントは建てる余裕がない。

 狭いながらも、座っている分には三人でも余裕があった。


「寒くてしょうがないよ。信介、実隆、火をつけてくれないか」


 泰彦がそう提案するが、信介と実隆は顔を見合わせる。テント内では換気が満足にできないし、テントは火が燃え移りやすい。火器を使うのは得策とは思えない。

 だが、それ以上に寒いというのは事実だった。この場所で体調悪化させるのは死に直結する。それもまた避けるべき事態だ。


「しゃあねえ。ちょくちょく換気しながら、やるか」


 そう言うと、信介はザックからガスバーナーとクッカー(鍋)、それに袋おでんを取り出した。

 ガスバーナーを組み立てると、鍋におでんを開け、火を点けて鍋を温める。そして、少しだけテントの入り口を開けた。


「寒っ」


 外気が入ってきたことに泰彦が震え始める。そんな泰彦に、実隆が声をかけた。

 実隆はスキットルを持っていた。


「飲むか? ウィスキー」


「酒は強くないんだけどなあ」


 泰彦は実隆から受け取ったスキットルからウィスキーを舐めるように口に入れる。

 やがて、信介のおでんがグツグツと煮え立ち始めた。

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