⑤異常気象
信介たちは泰彦のペースに合わせながらも、着実に奥地へと進んでいく。
次第に、人間の領域ではなくなり、獣たちの世界へと山はその様相を変えていた。周囲では何度となく獣の発した物音が聞こえ、怒涛のように駆けていくカモシカを見かけることもある。
信介は鈴を鳴らし、熊への警告音を発していた。
丹沢で最も見かけることの多い動物は鹿だろう。
かつて、丹沢では鹿は今以上に多く、しかも人に慣れているものも少なくなかった。山頂に出没するため、観光客が餌付けしたためでもある。
また、狩猟の解禁、禁猟が繰り返されたため、極端に鹿が増えたこともある。これらの鹿は近隣の農地を荒らし、苗木や若木を食べて森林の成長を阻害していた。
現在では、鹿は一定区域に追いやることで、その被害を限定的なものにしている。
何時間歩いただろうか。彼らの進む道なき道は、登りと降りを幾度となく繰り返していた。加えて、人間の舗装した道が皆無なのだ。一歩進むだけのことに神経を遣い、踏み込める場所か確認する必要がある。
これには登山に慣れている実隆も疲労の色を隠せないでいる。
「おおい、そろそろ休むか」
実隆が声をかける。
その言葉を聞くと、信介は立ち止まり、額や体の汗をぬぐい、ペットボトルに入ったスポーツドリンクを口に含んだ。
ほかの二人も同様のことをしている。三人とも座りはしない。立ち上がる時に余計に疲れるからだ。
泰彦は当初座れる場所を探そうとして、信介にどやされ、実隆に詳しい説明を受けていた。
「いやー、これはいかんでしょ。俺、靴を新調したばかりだからキツいんだよ。
それに、アップダウンが激しすぎだよ。なんで山は平坦じゃないかなあ」
泰彦は何やら言い訳めいた愚痴をこぼしてはいるものの、それでもしっかり信介についてきていた。なんだかんだ修行者であるだけのことはある。
泰彦の素直な困難への吐露と、それでも前向きに進もうとする意志に、信介も感心していた。
「お前はのび太かよ。
まあ、丹沢の地形は起伏が激しいからな。ほかの山より大変かもしれない。
さて、そろそろ行くか」
そう言って再び歩き始めようとしたところで、再び実隆が制止の声を上げる。
「なんか、やけに寒くないか。それに空を見てみろ。雲行きが怪しいぞ」
いつの間にか空模様は曇天というべきものに変わっていた。
それに、確かに寒い。歩き通しで体が熱を発しているため気づきにくいが、明らかに肌を突き刺すような冷たさを感じる。試しに吐き出した息は白いものだった。
「そうだな。その通りだ。
それに……、これは雪か!? まだ10月だぞ!」
喋っている間に、いつの間にか雪が降り始めていた。季節はまだ秋。標高が2,000mにも満たないこの山域で雪が降るなんて異常なことだ。
「ウソだろ。『てんきとくらす』でも登山指数Aだったってのに。
どうする? ビバークするか」
実隆の提案に信介が頷く。
「急ぐぞ。キャンプ地を決めよう」
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