②ひるカレー

 丹沢山を越えた信介と実隆はそのまま蛭ヶ岳を目指していた。

 不動の峰と呼ばれる尾根を進み、平然と越えていく。鬼ヶ岩では岩山を軽く登り、そして降りていった。

 蛭ヶ岳へは気が遠くなるような階段を登り、ようやく辿り着く。蛭ヶ岳から望める富士山はとても美しいものだった。今日の天気はとても晴れ渡っていた。天気予報でも数日間曇りにさえなっておらず、連日晴れが続いているのだ。


 しかし、二人を待ち受けていたのは富士山だけではなかった。黄色のアウターとボトムズに身を包んだ泰彦と合流することになった。


「おお、お二人さん、さすがに早いね。俺なんか朝から丹沢山を出発して、ようやく蛭ヶ岳に辿り着いたってのに」


 それに対し、信介は辟易とした表情をする。


「泰彦さんよぉ、随分観光気分なんじゃないの。今日の山行は仕事で行くわけだし、危険なものになるってわかってるのか。山で油断してると命に関わるぞ。

 それに泰彦は黄色かあ。なんか、狙いすましたみたいに信号機みたいなカラーリングじゃないか」


 皮肉を込めた信介の物言いであったが、最後の言葉で泰彦は笑いだした。


「はっはっはっは、確かにそうだな。でも、これはこれでいいな。サンバルカンとか、ハリケンジャーとか、昔の特撮っぽくていいじゃん」


 泰彦は機嫌良さそうにするが、それに反比例するように信介はげんなりとした顔をした。「そんなの、誰も知らねえよ。むしろ恥ずかしいだろ」とぼやいていた。

 実隆はそんな二人の様子を生暖かく見守りつつ、「まあ、いいんじゃないか」と一言で締めた。


「そんなことより、カレー食べないか? ひるカレー。奢るよ」


 泰彦が提案する。

「ひるカレー」とは蛭ヶ岳の山頂にある蛭ヶ岳山荘の名物メニューである。食事の美味しさは丹沢山のみやま山荘に譲ると言われる蛭ヶ岳山荘だが、それでもカレーを目当てに蛭ヶ岳を訪れるものが少なくないというほど好評なのだ。


「カレーか。いいな! 食糧も節約しておきたいとこだ」


 この提案には信介も飛びついた。信介はカレーには目のない男だ。

 それに実隆も賛同する。


「ひるカレー、美味いよな。せっかくだ、奢ってもらおう」


 この発言に、信介は「食べたことあるのかよ」と不服を漏らす。

 かくして、三人は蛭ヶ岳山荘に入っていった。ちょうどよく、四人掛けの席が空いており、そこに座ると、三人分のひるカレーを頼んだ。


 しばらくして、ひるカレーが配膳される。プラスチックの容器に白米が配置され、その上からカレーがかかっている。特徴的なカレーの香りが漂ってきた。お馴染みのカレーというべきものであり、それだけで食欲がそそられる。

 具材はほとんどが溶けているようだが、ニンジンや肉の欠片が散見された。

 そして、ひるカレーは福神漬けとらっきょうが食べ放題なのだ。散々歩いて腹ペコの三人はたっぷりとその二つを取り分けていく。


 空腹は最高の調味料だという言葉があるが、まさしくその通りだ。ただでさえ食欲を誘うカレーの香りとともに、口いっぱいにカレーを頬張っていく。一口一口が極上の美味しさに思える。三人ともがあっという間にカレーを平らげてしまった。


「もっと食べたいなら、注文してもいいけど」


 泰彦はそう言うが、それを信介が制止する。

「これ以上食べると、この後の動きに影響する。今はやめておこう」

 それに実隆も頷いた。


 いよいよ、この山行の目的である未開拓地へと突入することになるのだ。

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