尻に火がついた
ヌマヅのことで、なんだか上っ調子な毎日を過ごしているマナブとボクに、何も知らないシャントーゼのマスターのポンちゃんが、
「君たち、なんだか最近楽しそうだけど、何かあるの。オレも混ぜてくれない?」
駄目だよ、駄目。ポンちゃんが行ったらみんなまとめてポンちゃんに持っていかれちゃうよ。絶対に駄目。
ボクたちが答えられないでいると、
「ウソウソ、オレもそんなに暇じゃないのよ。」(普通の人よりずいぶん暇だと思いますよ。)
「ところで今晩、オレと付き合わない?いいとこ、連れてってあげる。」
大人の遊びの天才、ポンちゃんのお誘いを断るなんて、ボクたちにできる訳がありません。喜んで連れて行ってもらうことにしました。
店を早仕舞いして歩いて出掛けました。十五分程でポンちゃんがここだよって指さしたのは、最近あちこちに建てられ始めたマンションという高級アパート。何もかもが新しくてきれいで大きい。ボクの家とは大違いです。
ポンちゃんは、このあいだはしばらくここに居たんだと話しながら階段を上がり、二階の
奥の端っこの部屋のドアを開けました。鍵はかかっていません。
まるで、自分の部屋のように入っていくポンちゃんにつられて玄関に入ると、お香のような香りといろいろな人の体臭が混じり合ったみたいな、なんとも言えない匂いが漂っています。ちょっと怯んだけれど、ポンちゃんがさっさと上がっていくので急いで靴を脱いでついていきました。
正面のドアを開けると、広い板張りの部屋。七、八人のどう見ても日本人ではない人たちがいます。いっぺんにこんな近くで、何人ものガイジンを見るのは初めて。家具が全然無くて小さな体育館みたい。
ひときわ目立つ女の人がいます。アメリカ映画に出てくるような美人さん。でも何故か頭をツルツルに剃っていて、大きめの白いTシャツしか着ていない。下は透き通るような白い素足です。
なんと言ってもびっくりしたのはノーブラ!
大きな胸がTシャツの中で揺れています。
「オウ、ポン。」
そう言って抱き付きました。うわぁ、あのデッカイ胸が、しかもノーブラで、ポンちゃんの体にピッタリとくっついてる!うらやましい!
「お帰り、ポン。」
そのうしろから長髪を束ねた髭面の、よく見ると日本人のお兄さんが、やっぱりガイジンみたいに抱きついて挨拶しています。(こちらは別に羨ましくはありません。)この人がポンちゃんの友達みたい。ガイジンの美人さんとは反対に、Gパン履いて上半身ハダカ、ポンちゃんみたいに痩せています。
そしてボクたちをどうぞって人懐っこく招き入れてくれました。いい人そう。
ポンちゃんが小声で、
「この人たち、ヒッピーなんだ。」
ベトナム戦争に反対する若者たちが、自由と平和を求めて世界中に拡がっているとニュースでやっていたっけ。初めてナマで見ました。
部屋の隅で体育館座りをして固まっているボクたちに、さらにポンちゃんが教えてくれます。
「あそこで葉っぱを紙に巻いているのがフランス人。トランプをやって笑い合ってるふたりはイタリア人。本を読んでいる男たちはアメリカ人。そして友達とその彼女もアメリカ人だよ。」
ボクから見るとみんな映画スターみたい。なんだかとっても国際的です。
「ジャ、ソロソロハジメテテー」
片言の日本語で、頭ツルツルの美人さんが、ノーブラの大きな胸を揺らしながら、皆に缶ビールを配り、
「オツマミー」
と叫んで、ピーナッツやおせんべいの袋を破って、直接床にばら蒔きました。掃除してあるのかわからないけれど、不思議と汚いって感じはしません。
「オフロハイルカラ、サキニヤッテテー」
そう言うと、なんとその場でTシャツを脱いじゃいました。えっ、パンツもはいてなかったの?素っ裸です。それにしてもすごい胸です。大きいけれど上を向いている。頭は剃っていてわからないけれど、あそこは金髪。ボクは小学校低学年まで、母親に連れられて銭湯の女湯に入っていたけれど、金髪のあそこを初めて見ました。日本人のお兄さんも裸になって、ふたりで風呂場に行っちゃいました。ジャバジャバ音がして笑い声も聞こえてきます。子供みたい。
驚いたことに、ボクたち以外は驚いてなくて普通の顔をしてビールを飲んでいます。
マナブとボクはどうしていいかわからず、とりあえずビールを飲みながら、床のピーナッツをつまんでいました。
イタリア人のふたりが抱き合うようにしてボクたちに話しかけてきたけれど、何を言っているのか全然わかりません。ボクたちは半笑いでただただ頷いているばかり。時々キスしているけれど、ふたりとも男。
フランス人は黙々とタバコを紙に巻いています。
アメリカ人のひとりは眼鏡をかけて分厚い本を読んでいますが、もうひとりの本はアメリカの漫画のようです。
そのうち、風呂にいたふたりが出てきました。びしょびしょの体のまま。そう、裸のまんま。こう大っぴらに裸を見せられると、かえってイヤらしさは無くなるものなんだなと、妙に納得しました。
ふたりはもう服を着るつもりは無いようだけど、女の人はともかく、男の人にはパンツぐらい履いて欲しいものです。
しばらくいろいろな言語が飛び交いながら賑やかに飲んでいると、フランス人が巻いていたタバコに火を付けました。そして一吸いすると息を止めて、隣の人にタバコを渡しました。同じようにして次から次へと廻し吸い始めたのです。
さあ、ボクの番。とても断れる雰囲気ではありません。だけどイタズラで吹かしたぐらいしかないボクだから、すぐ煙を吐き出しました。すると何やらフランス人が怒っています。どうやら吸い込んだら息を止めろということらしい。仕方がありません、一吸いして息を止め、マナブに廻しました。いつまで止めておくのか前の人を見たら息をしていたので、ボクもフゥーと息を吐きました。別にどうってこと無かったけれど、なんだかだんだん楽しくなってきました。
みんなも楽しそう。
二回、三回と廻ってきました。
そのうち、意識が朦朧としてきた時、突然マナブが、
「火事だ!お尻が火事だ!熱い!お尻が熱い!」
と騒ぎ出し、そこら辺を転げ回っています。別に火なんか付いていないのに。
「オウ、タイヘンデェスウ」
スッポンポンの、アメリカの、頭ツルツルの、あそこ金髪の、胸のおっきな美人さんが、その胸やらお尻やらを揺らしながら風呂場に飛んで行き、洗面器に入れた水をマナブの尻辺りにぶちまけました。
何がなんだか訳がわからないけれど、ボクは大笑いしていたようです。
そのあたりから記憶がスッ飛んでいて、気がつくと、暗い夜道をフラフラと三人で歩いていました。
ポンちゃんはボクたちをからかうように、
「キミたち、ブッ飛んでたなあ。」
と言ったので、ボクは別になんでもないって答えると、
「じゃ、目をつぶって歩いてごらん。」
そう言うので、目をつぶり少し歩いたら、ポンちゃんがすぐ
「止まって!」
目を開けると、さっき真横にあった筈の電信柱が、すぐ目の前にありました。
「あのタバコは何?」
ポンちゃんに聞くと、
「あまり、人には言わない方がいいよ。」
ちょっと真顔になったポンちゃんが、そうとしか答えてくれませんでした。
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