【マクシム視点】貴女に決めた 後編
女に案内されたカフェは、扉を挟んで猫達が生活していた。
ここは猫同伴でカフェを楽しめる店なのだろうか?
女に聞くと、ここは野良猫や捨て猫を保護する目的で作られた慈善活動を目的とした施設だと言う。
孤児院と併設されているということは、寄付と売上金の両方で資金を賄っているのだろう。運営についてしっかり考え抜かれた施設だ。
しかし、この女はやけにこのカフェについて詳しい。
試しに常連なのか聞いてみると、なんとこのカフェのオーナーだという。
大人びた容姿ではあるが、言動から察するに恐らく成人前の令嬢だろう。
僕もその手の話は詳しいが、成人前の、しかも令嬢が店を運営しているなど前代未聞だ。
是非ともこの令嬢の名が知りたいところだが、まずは僕の失礼な言動について改めて謝罪がしたい。
「……まだお若いにも関わらず、オーナーをされているとは素晴らしいですね。あ、申し遅れましたが、僕はマクシム・フォン・レイヤーと申します。先程の失礼な態度について改めて謝罪致します」
「まぁ、レイヤー公爵家の!? それは大変失礼致しました。私はセリーヌ・ド・ラルミナルでございます」
女は僕の名を聞くなり、動揺した様子で謝罪した。
まぁ、レイヤー家は貴族なら誰もが知る名門家故にこの反応も無理はない。
そして、この女はラルミナル伯爵家の令嬢か。あそこは確か元々弱小貴族だったが、商才のある先代が財を成し王宮にも貢献したことから、伯爵までのし上がった経歴のある家だ。
なるほど、それならオーナーの件も納得が行く。
それにこの女……いや、セリーヌ嬢と言ったか。
この者はかなりの猫好きのようだ。
このカフェのコンセプト、そしてレティに接する態度がそれを如実に物語っている。
「ラルミナル伯爵家の御令嬢でいらっしゃいましたか。ああ、そう畏まらないで下さい。貴女、いや、セリーヌ嬢は愛猫を保護してくれた恩人なのですから」
それにしても、レティが僕以外の者これだけベッタリし寛ぐ姿を見せるとは驚きだな。
セリーヌ嬢は商才だけではなく、猫を手懐ける才能もあるのか?
そんな事を考えていると、レティは他の猫と接触し出した。
万が一、保護猫とトラブルになると大変だ。すぐに引き離さねば。
「レティ、こっちに来なさい」
「シャーッ!!」
なっ、何だ!?
あんなに懐いていたレティが、僕に向かって威嚇するとは!!
レティ、一体どうした!?
「マクシム様、ここはグレイ君とレティちゃんが離れたタイミングを見て連れて行く方がいいと思いますが」
「その様ですね」
セリーヌ嬢の提案に従いしばらく保護猫……いや、グレイと言ったか。
グレイとレティの様子を伺っていると、二匹の間に少し距離が出来た。
そのタイミングを見計らってレティを抱き上げると、今度は僕の腕で鳴き声を出し始めた。
レティは普段ほとんど鳴かないのだが、こんなに鳴き声を出すとは驚いた。
すると、その様子を見たセリーヌ嬢は、猫同士にも相性というものがあることを口にした。
確かにレティはグレイを好んでいるように見える。
いや、正確には「保護猫やセリーヌ嬢を含めたこのカフェの空間自体」を好んでいる、と言った方が正しいだろう。
気難しいレティがここまで心を開いた「保護猫カフェ」に「グレイ」そして「セリーヌ嬢」に、非常に興味がある。
「セリーヌ嬢、これからもレティを連れてここに来てもいいでしょうか?」
「え、ええ、勿論ですわ」
セリーヌ嬢はにっこりと笑った。
何故だろう、この笑顔を見ると不思議と緊張感が和らぐ。
そう、まるでレティといる時のように、ふっと気分が軽くなるのだ。
「セリーヌ嬢、今日はレティ共々大変お世話になりました」
「いえ、こちらこそ本日は保護猫カフェにお越し下さりありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」
ああ、まただ。
その笑顔を向けられると、何故だかずっと見ていたくなる。
しかし、ここで立ち止まっては不審に思われる。今日のところは、この場を立ち去らなければ。
「また伺います」
そう、またこのカフェを訪れたら良い。
そうとなれば早々に予定を確認しなければいけないな。
そんな事を考えながら馬車に乗り込むと、レティは疲れたのかそのまま僕の腕の中で眠り込んでしまった。
その様子を見ながら、ふと今朝の事を思い出した。
婚約者、か。
もし伴侶を選ぶなら、レティの世話が出来て仕事の理解を得られそうな者が良いと考えていたが、セリーヌ嬢は条件にぴたりと一致する。
彼女は、僕の理想通りだ。
セリーヌ嬢の姿を思い浮かべていると、先程考えていた事を思い返す。
あの笑顔を見ると心が温かくなる。
それと同時にどこか懐かしいような気分になるのだ。
その理由が知りたい。
もしかして、セリーヌ嬢とは過去に会った事があるのか?
過去の記憶を辿ると、ふと幼少期の頃に母上に連れられて行ったお茶会の事に行き着いた。
女だらけのあの場で、僕は緊張して手が滑り、紅茶を溢してしまった。
お母様や周りの大人達が慌てる中、その子は真っ先に席を立ち駆け寄ると、持っていたハンカチで僕の服を拭いてくれた。
「綺麗になぁれ! ゴシゴシ!」
力加減を知らないのか、ゴシゴシ拭かれて少し痛かったが、一生懸命な姿が可愛いと思った。
「可愛い」
「え?」
思わず心の声が漏れてしまった様だ。
女の子はキョトンとした様子で僕を見上げた。
「ううん、何でもない。ありがとう」
シミは全く取れていなかったがお礼を言うと、その子はにっこり笑って「えへへ、どういたしまして!」と元気よく返事をして席へと戻って行った。
周囲を取り巻く者達の打算的なソレとは違い、その笑顔は眩しくて、僕はその子が女神様のように見えた。
ああ、あの時の……。
そうか、貴女だったのか。
まさかこんな巡り合わせがあるとは、夢にも思わなかった。
身分差が多少のネックになりそうだが、この程度の問題を自身で解決出来なければ到底レイヤー家の長など務まらないだろう。
僕の心は、決まった。
ダサいモブ令嬢に転生して猫を救ったら鉄仮面公爵様に溺愛されました あさひな @asahina_shosetu
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