迷い猫
この子達の名前を聞くと、茶トラ柄の子は『トラ』、グレーの子は『グレイ』といい、二匹とも雄である。
喧嘩にならないか心配で聞いてみると、二匹は気が合うらしくトラブルはないそうだ。
そんな会話を院長さんと楽しみつつ二匹にご飯をあげていると、あっという間に時間が過ぎ去って行った。
「お嬢様、もう時間です。帰りますよ」
「えぇ〜、もう? まだ三分くらいしか経ってないんじゃない?」
「時計を見て下さいよ、もうとっくに半刻過ぎているじゃないですか。お嬢様の目は節穴ですか?」
「せっかくこの子達と仲良くなれたのにぃ〜、まだ遊ぶ!」
「ダメです! 幼児みたいな事言ってないで帰りますよ!」
ギャーギャー騒いでいる私達を見兼ねたのか、院長さんはふと思い付いたようにある事を口にした。
「えっと、それでしたらまた視察に来られた時に、ぜひこの子達にご飯をあげて下さい」
あっ、それは嬉しい提案!
「まぁ、本当ですか!? ありがとうございます」
「院長、お気遣いに感謝致します」
「セリーヌ様、リチャード様、とんでもない! それに、セリーヌ様のお陰で孤児院全体の寄付も増えましたし、孤児達もこうして働き口を見つける事が出来たのですから、感謝してもし切れません。またいつでもお立ち寄り下さい」
院長さんの提案もあり、名残惜しかったが保護猫カフェを後にする事にした。
そして、帰りの馬車に乗り込もうとした時だ。
ニャー……と消え入る様な、か細い猫の鳴き声が聞こえて来た。
「ん? リチャード、なんか猫の鳴き声が聞こえなかった?」
「僕には聞こえませんでしたけど。保護猫カフェの猫達じゃないですか?」
ニャー……
「「!!」」
「リチャード、聞こえたわよね!?」
「ええ。カフェの方角からではありませんね」
先ほどの院長さんの話では、まだ孤児院付近に野良がいると言っていたわね。
恐らくまだ保護されていない野良猫が近くにいるのだろう。
「ちょっと探してくるわ」
「え! ちょっとお嬢様!?」
リチャードの静止を振り切り、声のする茂みに向かって進むと、ガサガサッと近くに生えている草木が動いた。
この奥にいるのかしら。
あまり刺激しないように腰を屈めながらソッと茂みを覗くと、白い尻尾がチラリと見えた。
あっ、いた!
「お嬢様、どこへ行くんですか! 家庭教師が嫌だからって逃げ」
「しーっ! 静かに。見つけたから、リチャードはその場にいて頂戴」
リチャードがその場に立ち止まるのを見届けると、私は近くにあったねこじゃらしのような草を摘み、フリフリと揺らしてみた。
すると、茂みからぴょこっと白猫が顔を出して来た。
わぁ、綺麗な毛並み。
野良猫にしては綺麗過ぎる毛並み。
それに、よく見ると首輪をしている。
あら。ってことはこの子は野良じゃないわね。ひょっとして迷子かしら?
ブルーの瞳と毛並みが美しい白猫は、私の動かすねこじゃらしもどきに戯れ始めた。
試しに距離を詰めてみても逃げる様子はない。
このまま抱っこ出来るかしら?
そっと背中に触れてみても嫌がる様子がなかったため、続けて耳の後ろや顎下などを撫でる。
最後にそっと抱き上げてみると、白猫は無抵抗のままスッポリと腕の中に収まった。
抱き上げた時に気付いたが、どうやらこの子は雌のようだ。
「よしよし、お利口さんね」
私の一連の動きを見ていたリチャードは驚いた様子で私を見つめている。
「お嬢様、一体どこで猫を手懐ける術を学んだんですか?」
げっ、まずい。
前世で猫を飼っていたから、ついその癖が出てしまった。
「えっと、何処かの書物で見たような?」
「はぁ?」
「ま、まぁ、細かい事はいいじゃない。それよりこの子は首輪をしているし野良じゃないわ」
「その様ですね。しかし、前脚が怪我している様ですが」
よく見ると前脚が少し赤くなっている。どうやら血が滲んでいるようだ。
「あら、大変!」
保護猫カフェなら一通りのケア用品も揃っているし、治療のために一旦引き返そう。
「リチャード、一旦カフェに戻るわよ」
「はぁ、お嬢様は何故こうも猫を引き寄せるのか。はいはい、分かりましたよ」
リチャードを引き連れカフェに連行しようと歩き出した時、後ろからバタバタと複数の足音が聞こえた。
「居たか?」
「確かこちらに側で物音が……あっ!!」
私と同い年くらいだろうか?
身なりからして貴族の子息だろうと思われる美青年と、従者らしき男性が私の腕にいる白猫を見て驚いた表情をしている。
あ、もしかしてこの子の飼い主さんかな?
その青年は私を見るなりズンズンと向かって来た。
なんか殺気立った冷たいオーラを感じるんですけど。
「我が家の猫を誘拐するとは良い度胸ですね」
はあぁぁ!? 誘拐!?
迷い猫かと思って保護しようとしただけなのに、何という言いがかり!!
「あの、何か誤解をされていらっしゃる様ですが、私はたまたま茂みにいたこの子を見付けただけですわ。怪我もしていたようでしたので、治療のために近くのカフェに寄ろうと思っていただけです」
「カフェ?」
「はい、あちら側にある建物がそうですわ」
私の説明を聞いた青年は、殺気立ったオーラが幾分か和らいだように感じる。
濡羽色の髪に、神秘的な深緑の瞳。
恐ろしく整った顔立ちだが、その表情からは何の感情も読み取れない。
あれ、何だろう。
この顔見覚えが……
「そうだったのですか。それは大変失礼致しました」
美青年はそう言うと深く腰を折って丁寧に謝罪をしてきた。
我が家の猫、と言っていたから、お家で大切に育てている猫ちゃんなのだろう。
いきなり見ず知らずの者の腕に抱かれている光景を目撃しては、心穏やかにいられない気持ちはよく分かる。
「いえ、こちらこそ誤解を招くような行動を取ってしまいすみませんでした。今、猫ちゃんをお返しいたしますね」
腕の中の白猫をその青年に渡そうとした。
しかし、白猫は私の腕の中が気持ち良かったのか、それとも先程保護猫達にあげたご飯の匂いが気になるのか、爪でガッシリ腕にしがみ付き離れない。
「いだだだっ!?」
「レティ、離しなさい」
青年がグイグイ白猫を引っ張るも、爪が服を貫通し腕に刺さって食い込んでいる。
痛い、痛い、痛い!!
「あいだだだだっ!!」
「くっ、取れない。すみません、大丈夫ですか?」
大丈夫な訳ないでしょ! あー、いったい……。
しかし、このまま猫ちゃんを抱いていては青年に渡せないし。あ、そうだ。
「爪が腕に食い込んで取れないので、カフェで暫く様子を見てから離すのはいかがでしょう?」
青年はカフェの方向をチラリと見ながら頷いた。
「そうですね、ここは貴女の言う通りに致しましょう」
こうして私達は保護猫カフェへ向かう事にした。
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