転生先はモブ令嬢

(たぶん、あの時私は死んだんだろうな)


 ラノベ小説の知識から推察すると、死んで魂だけになった私は異世界転生を果たした、と考えられる。

 そうなると、きっと前世の私の身体はどこにもなく、家族の元には帰れないということだろう。


 家族にも会えず日本に戻れないのは悲しい。せめて、別れの挨拶くらいしたかった。


 しかし、どんなに嘆いても現状は変わらない。

 そこで、ふっとお母さんが言っていたある言葉を思い出した。


 そうだ、お母さんはいつも言っていた。前を向いて一生懸命生きていれば必ずいい事があるって。


 お母さんは不器用なところがあったけど、何に対しても一生懸命な人だった。

 そんなひたむきな姿が可愛いと、お父さんはいつも言っていたっけ。


 ポジティブ思考はお母さんからの大切な教え。後ろ向きの気持ちのまま生きていたらきっとお母さんは悲しむわ。


 頭をブンブンと振って、両手でパァン! と両頬を叩いた。

 あ、これ、私流の気合い注入方ね。


 っしゃー!! 私、負けない!! お父さん、お母さん、私、この世界でも立派に生き抜いてみせる!!


 そうと腹を括れば、まずは現世の私が置かれている状況を整理することにした。


 先程流れ込んできた記憶から、現在の人物は「セリーヌ・ド・ラルミナル」というらしい。

 ここ、ユーラグナ王国のラルミナル伯爵家の娘として産まれ、貴族としての教育を受けて育ってきた。

 現在十三歳で、来年からは王立学園に通う予定である。


 ん? 来年から王立学園に入学?


 確かゲームの舞台は学園で、そこでヒロインが攻略対象者達と恋愛の駆け引きをする、といった設定だったはずだ。


 ってことは、まだゲームは始まっていないのか?


 目の前の鏡に映る己の姿を改めて眺めてみた。

 ヒョロっとした長身に癖のある赤毛、スッとした鼻筋に切長の涼し気な目元が印象的な顔立ちだ。

 まだ十三歳にも関わらず、切長な目元のせいかどこか大人びた印象を受ける。

 男ウケするような可愛らしい顔立ちではないが、クールビューティー的な美人、といったところだろうか。


 うむ、前世より顔面偏差値が上がっているではないか! 悪くない!!


 しかし、このドレス……。


 プリンセスラインのドレスにはレースやリボンがふんだんに使われ、パッションピンクの度キツイ色で目がチカチカする。

 はっきり言って、めっちゃダサい!

 

 うーん、この手の容姿なら、体のラインに沿った大人っぽいデザインの方が似合うのに。


 ああ、思い出した。

 この国では大きい目で可愛い顔立ちの方が男性受けするから、切長の目を持つセリーヌはこの顔にコンプレックスを持っていたんだ。

 それで、少しでも可愛く見せようと、フリフリなデザインのドレスを着ていたんだっけ。


 まぁ気持ちは分からなくもないけど、これじゃあ折角の素材が台無しだわ。セリーヌにはセリーヌらしさがあるのだから、もっと自分に似合う物を選ぶべきよ。


 しかもセリーヌは父親譲りで背が高く、ヒールを履くと目立つ。

 男性より身長が高いとダンスの時に格好が付かないため、そこもセリーヌはコンプレックスを抱いていた様だ。

 少しでも小さく見える様に、幼児が履くようなぺったんこ靴に猫背で過ごしていた。


 前世がちびっ子でがっしり体型だった私からしたら、なんて羨ましい悩み!

 モデルみたいな長身スレンダーボディを持ちながら、何て勿体ない!


 ドブスとして産まれた私だったが、女として産まれたからには……と、ファッションやメークを研究し、ドブスからブスくらいには見せようと涙ぐましい努力をしてきた。


 その私からしてみたら、この身体や顔立ちはまさに天からの恵み!!


 前世で野良猫を助けて死んだから、その猫様が容姿をグレードアップさせてくれたのかも! ……しかし、折角乙女ゲームに転生したならヒロインに転生したかったな。


 よりによって、プレイした事のない乙女ゲームの、名もなきモブ令嬢が転生先とは。


(まぁ、でも、断罪とかゲームの選択肢とかあまり考えなくてもいいから気楽ではあるよね)


 乙女ゲームの世界では、悪役令嬢はヒロインや攻略対象者から断罪されて悲しい結末を迎える事が多い。

 それにゲームの選択肢によってはヒロインも悲しい結末を迎える場合もあるため、悲劇を迎える可能性が少ない役回りに転生しただけマシとも言える。


 よし! お気楽ポジションに転生出来たのなら、ゲームのストーリーは無視して思う存分この世界を満喫しようではないか!


 今日から私は、セリーヌ・ド・ラルミナルとして生きていく決心を固めた。

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