第十五話 僕はかつての友と戦う

 僕は今、格闘していた。察しの良い方ならば分かるかもしれない。対戦相手は便意である。あれから数時間、背に腹は代えられず、小さい方をバケツに放ったが、大きい方はまだ僕の腹の中にとどまっていた。バケツへの脱糞なんぞ、羞恥以外の何物でもない。こちらの意をくんで、腹の中におさまっていてくれたことに感謝したい。こちらへの慈悲で比較すれば、ユリアンナは糞未満である。しかし、かつての友は今の敵になってしまった。ついに、僕たちは雌雄を決することと相成った。現状、形勢はこちらに不利。すでに門は破られようとしていた。僕は膝をつき、鉄格子を握りしめて天を仰いだ。

「ここには神も紙も存在しないのか……。」

 まあ、後者が存在したら、かえって腹を固めてしまって、大きい方も解き放っていたかもしれないけれど。それにしても、僕にもっと魔法が使えれば、こんな鉄格子なんて吹き飛ばして脱走できるだろうに。もし、魔法の結界のようなものがあっても、魔法無効化で簡単に対応できる。問題なのは、物理に干渉できない事である。このような鉄の塊には手も足も出ない。ああ、この鉄格子を消滅させたい。無理な願望を抱いていたその時、僕の握っていた箇所が塵となった。願いが通じた! 願いを聞き入れたのは、僕を殺そうとした天界の神ではないだろうけれど。

 具体的な考察をしたいが、今はそれどころではない。最終防衛ラインである門はいまや鎧袖一触がいしゅういっしょく。一刻の猶予もない。僕はお尻をきゅっとしめてぎこちない姿勢になり、同時に可能な限り早歩きで外に出た。もちろん、新たな能力で、脱出した穴が鉄格子に開いている。幸いなことに看守はいない。外の通路の先には階段があった。可能性は考慮していたが、地下牢だったのだ。この状態で階段を上るのは、油を引いて最高潮に加熱されている鉄板の上でダンスしなさいと言われているようなものだが、この危機も僕ならば乗り越えられるはずだ。

 どうにかこうにか最上段まで上がり、施錠されている扉を先ほど習得した魔法で破壊して、くぐり抜ける。青い空が見えた。ここまでの戦いを祝福しているような、抜けるような青空だった。いやまて、空? なんと、牢屋の入り口は屋敷の外だったのだ。万事休す。大きい方は軍略家だったのだ。僕に希望を与えた後、ややもすればバケツへの排泄にも劣る野糞をさせようというのだ。敵ながらあっぱれ。もう僕の負けだ。完敗だよ。

 お手上げ状態の僕がズボンに手をかけたその時、視界の端に小屋が見えた。天界でアリスが第三攻撃を放ったときと同様の一か八かの大勝負になるだろう。賭けに負ければ、パンツの中に脱糞という最悪の結末が待っている。最終防衛ラインどころではない。人としての尊厳という本丸まで落ちることだろう。しかし、僕は勝負に出た。小屋にたどり着き扉を開ける。そこには彼らがいた。ここまでの勝負をたたえて、僕を温かく迎え入れてくれる。そう、小屋は便所だったのだ。


 用を足し終わり、考える人っぽいポーズで僕は便座に座りながら考える。鉄格子を消滅させた魔法はなんだったのだろうか? 可能性は二つある。一つは、アリスの光のように塵化させる物質破壊である。もう一つは、物理攻撃無効化だ。鉄格子自体は僕に攻撃などしていない。しかし、こちらの物理的圧力に対する耐久力はある。その鉄格子の耐久力を消去して、木っ端みじんにする魔法である。しかし、いずれが正解なのかは検証するまで分からない。一通り考え終えた僕は、小屋を出て屋敷の方に向かった。


 屋敷を徘徊していると厨房を見つけた。そういえば、リンゴ以外にろくな食事をしていない。監禁の慰謝料代わりに食材を頂戴しよう。厨房には様々な食材が並んでいた。その中から、パンや燻製肉、果物など火を通さなくても問題なさそうなものを口に運ぶ。空腹は最上のソースというらしいが、何を食べても美味しい。お嬢様の家だけあって、パンも黒くなく、この時代では高級品であろう白パンである。念のため補足しておくが、食べているのは間違いなく白パンである。アリスやお嬢様の白パンツではない。まあ、彼女たちのパンツの色なんて僕は知らないけれど。でも、まあ、いつか食してみたい珍味ではあるかな。腹も膨れてセクハラ思考も回復したその時、聞きたくもない女の大声が聞こえてきた。

「アリス殿、それは本当ですか!? そんな、あれほど出ないように言ったのに……。私の不徳の致すところです。早急に対策を講じなければなりません。」

 まさか、脱走がばれたのか。いや、まて、確かにここで猛省するようにとは言われたが、しつこく言われたのは自害しろである。ということは、僕のことではない。再び豚箱にぶち込まれる可能性はあるが今の僕には痛くも痒くもない。アリスと再会する必要もある。僕はユリアンナの声がした方に走っていった。

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