第十六話 金髪幼女が誘拐される

 一階の庭に面した部屋で、アリスとユリアンナに再会する。正直なところ、後者とはあまり再会したくなかったけれども。ユリアンナがこちらに気付き、声を大にする。

「お前、失敬、メイナード殿! どうやって、牢屋から脱獄してきたのですか!?」

 やはり、女の子がいると敬語になるらしい。

「いや、今はあなたに構っている場合ではありません。アリス殿、お嬢様が誘拐されたことに関して、詳しくお聞かせください。時間がありません。移動しながらにしましょう。」

「は、はい。」

 血相を変えたままのアリスが答える。アリスを先頭に、ユリアンナが続く。最後尾が僕だ。ユリアンナの手には長い槍が握られていた。全身は水色で、精巧な意匠が施されている。

「メイナード殿、なぜあなたまで付いてくるのですか? とっととどこかに失せるか、牢屋に戻るか選んでください。」

 扱いが雑だと思ったが、確かにその場の流れで付いてきたものの、僕が付いていくことに意味があるのだろうか。対人戦闘の経験はないから、ここで大人しくしているという選択肢もある。だが、アリスが口を挟んだ。

「わ、私は魔法が使えませんが、メイナードは魔法無効化能力を持っています。きっと何かの役に立つはずです。」

 珍しくアリスに褒められて、悦に入る僕。

「魔法無効化!? そんな超高等技術を持っているのですか、この男が。しかし、奴隷商人をお嬢様に近づけるのはいかがなものでしょうか。これからの捜索にも支障をきたしかねませんし。」

「正直、あまり役に立たないかもしれませんが、いないよりはましです。少しでも、イスティリアさんが助かる可能性をあげたいんです。」

 イスティリア? ああ、お嬢様の名前か。というか、役に立たないと言われてしまった。あまり褒められていなかったようだ。

「アリス殿がそこまで仰るのならば、許可しましょう。もちろん、奴隷商人にそそのかされている可能性は高いですが、今はお嬢様救出が最優先です。もし、不埒ふらちなことをすれば私が刺し殺せばすみますし。糞も糞程度には役に立つでしょう。」

 糞未満は黙っていてほしい。いつまで僕を蛇蝎だかつのごとく嫌悪するのだろうか。嫌い過ぎて、女の子の前でも素が出てしまっている。


 その後、僕らはアリスの先導のもと、屋敷近くの森に向かった。

 アリスは魔法の杖を持っていない。魔法が使えないので無用の長物にしかならないから、屋敷に置いてきて正解である。

 アリス曰く、次のような経緯らしい。

 この屋敷には警備用の結界が張られていて、イスティリアがボディガードなしに屋敷の外に出るのはご法度だったらしい。しかし、アリスと遊ぶうちにイスティリアが羽目を外して、結界の外、つまり屋敷の外に出ようと誘った。最初は断ったアリスだが、押しの強さに負けて、一緒に外に出ることに。少しだけ遊んでいざ帰るというその時、山賊風の男たちにイスティリアが誘拐されたそうなのだ。魔法の使えないアリスは茂みの中から一部始終を見ていることしかできず、彼らが去った後で屋敷に戻り、誘拐をユリアンナに伝えたらしい。

 誘拐場所に着いて以降はユリアンナが先導役である。先頭を進む彼女がアリスを気遣う。

「それは大変怖かったでしょう。お嬢様とも離れ離れになり、とても辛い思いをしたと思います。ですが、アリス殿が気に病む必要はありませんし、お嬢様は私が必ずお助けいたします。どうか心を落ち着かせてくださいませ。しかし、お嬢様が結界の外に無断で出るなど、今までにありませんでした。同年代のお友達が出来て余程嬉しかったのでしょう。」

 僕はアリスが、ユリアンナの想像以上に落ち込んでいるのではないかと思った。小声でアリスにだけ声を掛ける。

「使おうと思えば魔法を使えるのに、とっさに追手が来たり、天罰が下ったりすることを考えて使わなかったことを後悔しているんだね。この世界で罪滅ぼしをするつもりが、誘拐を見過ごしてしまった自分に嫌気が差しているというわけだ。」

「相変わらず、察しの良い方ですね。その通りです。」

「気にするなとは言わないが、少し発想を転換してみよう。ここで追手が来たり、天罰が下ったりすれば、助けられた人間はイスティリア嬢一人だけになってしまう。僕が天界からの追手の犠牲になればプラスマイナスゼロで誰も助けていない。これから彼女を助けて、今後別の誰かを助け続ければ、救済人数は増加の一途をたどるという訳だ。君はとても理にかなった行動をしたんだよ。」

「私は、あなたのように合理的に考えられません。」

「論理が通じないなら、感情に訴えるしかないね。さっきは言わないといった言葉を送るよ。」

 そして、珍しく真面目な口調で僕は言った。

「気にするな。」

「どうあっても私に優しくするんですね。卑怯とか臆病とかいろいろと言えるのに。」

「それはそうだよ。今後の為に君の好感度を上げておかないといけない。いずれは僕とイチャイチャしてもらうんだから。」

「全く、あなたという人は本当に……。でも、あなたと話していたら少し胸のつかえがおりました。ありがとうございます。」

 沈痛な面持ちだったアリスの顔が少しだけ明るくなった。このまま回復してくれることを祈りたい。悲嘆にくれる彼女は、当然だが見ていて辛いものがある。ふいに先頭を歩いていたユリアンナがこちらを振り返った。

「アリス殿、少し元気になられましたね。私の言葉で微力ながらあなたをお救いできたこと、このユリアンナ、恐悦至極に存じ上げます。」

 いや、あんたの言葉は微力ではなく、無力でしたよ。

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