第十三話 僕は奴隷商人になってしまう

 目が覚めると天井が見えた。僕は寝ていたようだ。それにしても身体が痛い。劣悪な寝床のようだ。視線を動かすと、目にしたくないものが、目に入った。鉄格子である。そう、ここは牢屋の中だった。外にはユリアンナさんが立っている。

「そろそろ目覚める頃だと思ってきてみたが、案の定だったな。」

 やはり、男しかいない時は、男性口調になるようだ。僕はこうなっている原因を特定するために、彼女に質問した。

「まさか、お茶に一服盛ったのか。」

「推察の通りだ。本当はもっと早く豚箱に入れたかったが、お嬢様の手前、中々行動に移せなかったんだ。」

 自身の犯行を認めるユリアンナさん。いや、もうさん付けはすまい。ユリアンナに向かって理由を問いただす。

「なぜに無実の罪を着せられなければならないのかな?」

「黙りなさい。自分の胸に手を当ててみれば分かることだろう、この奴隷商人が。」

 はい? 耳を疑った。僕はそんな堅気とは無縁の仕事に就いたことはない。ちなみに、元の世界ではニートでもなかった。名誉のために補足しておく。

「白を切っても無駄だ。誘拐したアリス殿を乗せた奴隷船が転覆し、運よく商品の彼女と共に海岸に漂着、その後は、幼女にパパと呼ばせて変態的な性嗜好を満足させながら、取引相手を探し回っていたのだろう。そして、お嬢様に遭遇し、あわよくば商品に加えようと画策して、ここまでついてきた。言い訳しても無駄だ。」

 言い訳なんてする訳がない。完全な濡れ衣なのだから、僕がするのは訂正である。しかし、ロリコンというのはここまで妄想を膨らませてしまうものなのか。他人のふり見て我がふり直せともいう。僕はこうはなるまい。

「僕は奴隷商人なんかではないし、加えてアリスとは合意の上で旅をしている。そのような根も葉もない誹謗中傷はやめてほしい。」

「奴隷商人ではないなら、お前の職業はなんだというのだ。メイナードとかいう偽名を使ってまでする仕事がまともなものとは思えん。」

 これは返答に窮する質問だ。まさかこの世界の危機を救いに来た救世主とは言えない。危機的状況なのは、お前の頭としか言われないだろう。偽名の件は仰る通りなので、ぐうの音も出ない。

「それみたことか。完全に答えに窮している。ついでにもう一つ言おう。合意といったな。どうせ脅迫でもしたんだろう。都合の良い解釈をするとは、人としての悪性が目に見えるようだ。」

 自分に都合の良い解釈をして、豚箱にぶち込んだ人間が言わないでほしい。

「まあ、人としての情けだ。釈明の機会をやる。どんな合意だったんだ?」

「彼女の上に覆いかぶさって、返事は、はいかイエスだと聞いた。アリスは、分かりました、あなたと共に行きますと答えたよ。」

 牢屋にぶち込まれていささか狼狽していたのだろう。僕は正直に答えてしまった。そして、墓穴を掘ったことに気付く。正直者が馬鹿を見るというが、まさにその通りだった。応接室での一件は場を和ませるための冗談だったが、こちらは完全にミスだ。いやまて、あの一件で僕への疑いが強まった可能性もある。そう考えると、僕はもっと前から墓穴を掘っていたのかもしれない。

 僕の返答はどう考えても、火に油を注ぐだけだった。

「それを脅迫というんだ。このロリコンド変態が。語るに落ちたな。というか、ここまで口を滑らせる馬鹿者だったとは。」

「ロリコンド変態は君もだろう! 大浴場前のセリフを忘れたとは言わせない。」

 そして、浴場で欲情して自慰行為でもしていたんだろう。手に取るようにわかる。しかし、ユリアンナは反論した。

「私はすべての幼女、美少女を愛でているだけだ。」

 ロリコンはみんなそう言うんだよ。このままではアリスの身が危ない。アリス? そうだ、大切なことを忘れていた。

「そういえば、アリスはどうしている?」

 今までの話の流れから、奴隷商人に誘拐された悲惨な境遇の少女として保護されている可能性が高い。それでも、やはり彼女の安否が気になった。誘拐のストレスで精神に異常をきたしているとして、軟禁状態の可能性もある。

「アリス殿ならば、お嬢様と二人でイチャコラ、失敬、仲良く遊ばれていらっしゃる。」

 なんだ、無事だったのか。心配して損した。

「君はアリスのことを好意的にみているようだね。僕がここにいることが知られればアリスの心証を害するよ。」

 僕は奥の手を出して、揺さぶりをかける。

「お前を牢屋にぶち込んでいることは、アリス殿にも伝えている。あの男にはすこし灸をすえたほうが良いと言っていたぞ。」

 本当に、心配して損した! 奴隷商人ではないことを理解したうえで、僕に痛い目を見せて今までのセクハラ発言の恨みを晴らそうとしているのだろう。……まてよ、これはもしかして自業自得というやつか。

「とにかく、もはやお前と語ることなど何もない。治安当局に引き渡すまでそこで猛省していろ。そして、できれば罪悪感の果てに自害しろ。」

 あまりにもむごい注文をつけて、ユリアンナは去っていった。

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