第十二話 僕らは金髪幼女の家を訪れる

 彼女の家は豪華絢爛ごうかけんらんとしか言いようがなかった。まず、門から屋敷までが遠い。玄関の前には大きな噴水があり、外からみた限り部屋の数は、ビジネスホテルよりも多そうだった。中に入れば、数メートルおきに、燭台しょくだい、絵画、その他美術品が置かれていた。あまりにも広くて、自分が今何階のどのあたりに居るのかも分からなくなったくらいだ。

 しばらく屋敷を歩いていると、女の子が指示を出した。

「とりあえず、まずはお風呂に入ってね。その身体でくつろがれる訳にはいかないから。」

 ごもっともである。そういうわけで、浴場前まで移動した。男湯の前にアリスと二人で立つ。

「そういう訳で入ろうか、アリス。」

「何がそういう訳なんですか? なぜ同じお湯につからせようとするのですか?」

「何を当たり前なことを言っているんだい。まだ子供なんだから、パパと一緒に入らないと危ないだろう。」

「あなたと一緒に入る方が危ないです。さらにいうと、その思考回路がすでに危ないです。神経回路がショートして、発火するのではないですか? 私、嫌ですよ、連れがセクハラ魔の上に、放火魔なんて。」

「何をしているの、アリス。こっちよ、こっち。あたしも買い物でひと汗かいたし、一緒に入りましょ。」

「は、はい。今行きます。」

 アリスがお嬢様と普通に話しているのは、魔力保存機能付きの翻訳指輪をしているからだ。僕がもらった腕輪のように、言語を翻訳する装置で、電池のように魔力を込めると一定時間追加供給しなくても機能するようだ。

 お嬢様に呼ばれて、女湯の中に消えていくアリス。

「ユリアンナもあとでいらっしゃい。三人で入りましょ。」

「かしこまりました、お嬢様。」

 慇懃いんぎんにお辞儀をするメイドさん。ユリアンナという名前だったのか。そういや、お嬢様の方の名前をまだ聞いていなかったな。それにしても、女湯か、男にとっての楽園だね。

「ぐへへ、美少女が二人、女湯でイチャコラ。ウフフ、たまりませんな。ああ、楽園でその裸体を愛でたい。」

 僕が言ったと思ったでしょう。残念、不正解。発言主はユリアンナさんである。浴場で欲情するロリコンか。まさか、こんなところで同好の人に出会えるとは。まさか、彼女も召喚者なのかな。彼女を凝視していると、ユリアンナさんが口を開く。

「まだ、突っ立っていたのか。さっさと入れ。これ以上、お嬢様に見苦しい姿をさらすな。」

 僕の周りには辛辣な女性が多い気がする。ていうか、この人に至っては口調まで変わったよ。

 浴場もご多分に漏れず広大だった。上手く言えないが、旅館の大浴場を洋風にした感じである。お湯は、ライオンのような動物の口から湯船に供給されていた。もちらん、ゲロを吐いているようにしか見えない。僕は身体を一通り洗い、湯船につかった。

「ふー。生き返る。」

 死にそうな目に何度も会い、もしかしたら僕が気づいていないだけですでに死んでいても不思議ではないだけに、この言葉には比喩ではすまない現実味があった。

「アリス。泳ぎましょ。さあ、あたしについてきて。」

「え、あ、はい。今行きます。」

「お嬢様、私も御供いたします。」

 隣の女湯から声が聞こえてくる。みんな年相応の子供なんだな。一人年甲斐のないロリコンがいるけれど。大人の僕はもっと優雅に風呂を満喫しようとしているのに、仕方がない人たちだね。心の中でつぶやき、僕は湯船の床に手をついて、浮力で身体を浮かせる。水面から自分の息子だけを出して、こう言った。

「ヤシの実島浮上!」

 

 各々の入浴が終わり、応接室に通される。ちなみに着ている服は変わらない。瞬間洗濯および瞬間乾燥が行われていた。魔法は便利だと思った。応接室の椅子や机もまた豪華だった。

「ふかふかですね。」

 椅子に座った直後にアリスが感想を述べた。

「そうだね。ロココ調寄りのゴシック調的なロマノフ調交じりのランカスター調といったところかな。」

「知ったかぶりするならもう少し手の込んだものにしてください。」

 ぐうの音も出ない。僕は美術品に関してはほとんど知識がない。最後の二つは至っては外国の王朝である。

 無駄口を叩いているとユリアンナさんがお茶を運んできた。

「はい、メイナード殿。」

 僕の前に置かれたお茶を手にとり、アリスに渡す。

「アリス、メイナードさんという方に渡してほしい。」

 きょとんとするアリス。

「何を言っているのですか?」

「メイナードさんという方も同席するんだろう? 後見人なのかな?」

 僕の発言にアリスは顔を青くした。そっと僕に顔を近づける。

「メイナードはあなたですよ。三秒くらいで適当に考えた名前なので、アイデンティティーが無かったのですか?」

 小声で僕がドジを踏んだことを指摘するアリス。ユリアンナさんはいぶかしそうな顔でこちらを見ていた。

「そういう冗談は置いておいて、ありがたく頂きます。」

 自分のお茶を口にして、お茶を濁そうとする僕。口に含んだ直後、急激な眠気が襲ってきた。人心地ついて、緊張の糸が切れたのかな。

 ここで僕の意識はまた途切れた。

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