第八話 僕は銀髪幼女に感謝される
意識を取り戻した僕が最初に聞いたのは、波の音だった。ゆっくりと目蓋を開けた。広大な砂浜に僕はうつぶせで倒れていた。異世界への門に吸い込まれたところまでは覚えているが、その後の記憶がない。上下の黒スーツも革靴も全部濡れている。おそらく、門の出口が海上か海中だったのだろう。その後、運よく波に流されてこの浜辺に打ち上げられたようだ。海の藻屑とならなかったのは奇跡としかいいようがない。そうだ、アリスはどこだろう。僕は上半身を反り返らせて、前方を見る。腰まで届く長い銀髪の後ろ姿が見えた。
「アリス!」
彼女の名を呼んだ。アリスはなぜか振り向かないで返答する。
「良かった。目が覚めたのですね。私もすこし前に意識を取り戻したばかりだったのです。」
「そうか。君も無事だったのか。何よりだよ。」
僕は胸をなでおろした。
「ところでどうしてこっちを向かないんだい?」
「自分の下半身に聞いてください。」
なんと! 息子よ、もしや君と僕は別人格だったのか。僕が意識を失っている間にアリスにとんでもない失礼をしてしまったのか? いや、もちろん、そんなことはない。大体そんなわんぱく小僧だったら、この年まで魔法使い見習いなんてしていない。僕は身体を動かして、自身の下半身を確認する。お尻が半分見えていた。なんだこの程度か。アリスもうぶだな。しかし、女性の前でこれは失礼に当たる。ハンケツ出し野郎に判決を出せば、もちろん有罪になる。
僕はお尻をしまう。僕たちの間に長い沈黙が流れる。やがて、おもむろにアリスがこちらに身体を向けた。不思議なことに、耳とほほがほのかに赤く染まっていた。
「どうして、あんなに必死に私を助けようとしたのですか?」
「そんなの決まっている。君がめちゃくちゃ可愛いロリで、異世界でキャッキャウフフできると思ったからだよ。助けたことを恩に着せられるから相当なキャッキャウフフになるしね。」
「真面目に答えてください!」
「……。君を連れていくリスクと連れて行かないリスクを天秤にかけたんだよ。連れて行けば、神々に狙われる可能性が上がるし、万が一君に裏切られることも勘定に入れないといけない。でも、僕は異世界や魔法についてはほとんど知らない。君の知識量は見当がつかないけれど、僕よりはましだろう。そうやって、あれこれ考えて、君を助けた方が利益がある。そう結論しただけだよ。」
アリスの耳とほほが元の純白に戻っていた。同時に何かを少し悟ったような、複雑な笑みを浮かべていた。
「それでは、その前です。最後にいくつか質問してきたのはなぜですか?」
「ああ、あれは僕の悪癖だね。僕はどうにも知識や知性をひけらかして悦に入りたい人間なんだよ。墓穴を掘ると分かっていてもやめられない。加えて、今回はロリ美少女の上手をいけて、満足感もひとしおだったからね。」
嘘も方便だ。こちらの過失にすれば、彼女の負い目も軽減するだろう。
彼女は、さらに悟ったような顔になった。
「あなたはそういう人なのですね。道化を演じたり、理屈をつけたりすることばかりです。でも、優しいところもあります。」
彼女の発言に虚を突かれた。それは言われたくないことだった。
「でも、あなたがどう言おうと関係ありません。私は、あなたが手を差し伸べてくれたことがすごく嬉しいんです!」
アリスの耳とほほは再びほのかに赤くなっていた。僕は得心がいった。
「アリスは僕にお礼を言いたかったんだね。でも、素直に謝意を表するのが気恥ずかしかった。耳とほほが赤かったのはそのせいという訳だね。君としてはお礼を言う口実が欲しかった。でも、僕は少しも君に口実を与えない。それでやっと開き直って腹を固めることができた。そういうことだね。」
なぜかアリスは苦虫を噛み潰したような顔になっていた。何か気に障ったのだろうか。
「確かに、あなたへの感謝はあります。だから、あなたの発言も完全には間違いではありません。でも、でも……!」
身体をわなわなと震えさせる。怒っているようだ。そして言い放った。
「このロリコンがーーーっ!」
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