第七話 僕は銀髪幼女を誘拐する

 もはや畏怖すら感じさせるその声は続けた。

「アリスよ。汝も女神の一柱であろう。それにも関わらず、天界の掟に背くとは何たることか。その罪は万死に値する。当然、そちらの人間も生かしておくわけにはいかぬ。人間もろとも亡き者となるがよい。」

 またもや、神に死刑を宣告される僕。

「アリス。あの声の主はどちら様かな?」

 この時、初めて彼女が色を失っていることに気付いた。それほどまでに恐ろしい存在だという事だ。

「わ、私より上位の神です。主神とまではいきませんが、最高位クラスの一柱です。私の魔法では手も足も出ません。」

 震える声でどうにか返答するアリス。


 光が天の声に向かって集束していく。何度も見た光景だ。次に何が来るかも当然分かる。そういう訳で、すぐに僕はアリスを床に寝かせて、身体を丸めるように指示した。恐れをなしていた彼女は一度の指示では動けない。今度は怒鳴って身体を丸めるように言った。やっと動いてくれた。次に僕は赤ちゃんがハイハイするときの姿勢になる。間一髪で間に合った。光が上空から降り注ぐ。僕の背面に接触し、部分的に消滅する光。アリスも僕の身体の影に隠れているため、ぎりぎりで難を逃れていた。

「やはり魔法無効化とは厄介な代物だな。我の魔法をもってしても、貫通できぬとは。されど、人間の魔力など、我々神々と比べれば雀の涙にも等しい。すぐに勝敗は決しよう。」

 能書きを垂れてくれて感謝する。しかし、思った通り進退窮まっている訳だ。それでも今は耐え凌ぐより他にすべがない。


 僕はアリスに声を掛ける。

「こんな二進も三進もいかない状況だからこそ、僕たちは冷静であるべきだ。まず、今の体勢だと横から光が入ってくる可能性がある。よって、もっと身体を密着させる必要があると思う。具体的には、僕が君を抱きしめるというのが良いだろう。」

 いささか恐怖心が薄れたように見えるアリスは返答した。

「そ、そうですね。それが一番です。早く抱きしめてください。」

 まだ、恐怖で頭が回っていなかったようだ。今のセクハラ発言にツッコミをいれないでどうするのだ。


 考えろ。とにもかくにも消耗戦になれば敗北が決定する。かといって、こちらに反撃する手段はない。死中に活を求めるには、戦略的撤退しかない。だが、そもそもここに来た時の記憶すらないのだから、敗走路なんぞ分かる訳がない。いやまて、アリスが何か言っていなかったか? 彼女の言葉を思い出す。

「今から異世界への門を開きますので、速やかにお行きください。」

 これだ!

「アリス!」

「は、はい。」

「ここに異世界への門を開けないかな。」

「!」

 アリスはハッとなった。

「可能です! それであなたは逃げてください。ただ、すみません、転移にはかなりの準備がいるので、開けるのは先ほどあなたを送ろうとした門だけです……。」

「元の世界に戻れないのはこの際構わない。それよりも、あなたはと言ったかい? 君も一緒だよ。こんな時に冗談はよしてほしい。」

 自分のことを棚に上げて、彼女をたしなめる。

「私は天界の掟を破りました。多くの人間も殺めました。ここで処刑されるのが筋というものです。」

「そんな主張は聞きたくないよ。もう一度言う。僕と一緒に逃げよう。返事は、はいかイエスだ。」

「それはどちらも肯定表現です! とにかく私は逃げません。罪を償います。あなただけで行ってください。」

 このままではらちが明かないな。奥の手を出すしかないか。

「なら、僕もここから動かない。床に異世界への門を作って、僕だけ落とそうとしても無駄だよ。魔法無効化で消去するからね。さあ、どうする。このままだと殺した人数が一人増えるよ。それが君の望みなのかな。」

「……! それは卑怯というものです!」

「卑怯も糞もないよ。」

「……分かりました。あなたと共に行きます。」

 アリスが観念した。

 彼女は気づいていないようが、これは賭けである。もし魔法無効化が完全な強制発動ならば、生成した瞬間に異世界への門が自動で消滅するからである。


 今度は天の声がした。

「いい加減に観念したらどうだ。」

「ああ、僕もアリスも観念したよ。だから、異世界に尻尾をまいて逃げることにする。」

「! させるものか。最大出力で瞬殺してくれる。」

 だが、アリスの魔法の方が紙一重で先に完成した。床に異世界への門が開く。どうやら魔法無効化は任意で発動させないことも出来るようだ。助かった。渦巻のような門に吸い込まれていく僕とアリス。

「-!」

 天の声が何か言っているが、内容は聞き取れなかった。これを最後に、僕の記憶は一度途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る