第25話 正式な夫婦へ~愚者の来訪~
心臓が高鳴る。
爆発してしまいそうな位五月蠅い。
顔が熱くてたまらない。
「リチア、大丈夫か? 顔が真っ赤だぞ」
「だ、大丈夫、ヴェールで隠せるから……多少は」
私はそう言って、予定よりも早くヴェールで顔も隠してしまう。
「……あ゛~~!! やっぱり駄目緊張する!! 恥ずかしい!!」
「ははは……まぁ、仕方ないだろう。それじゃ」
兄はそう言って鼻から目の部分を隠すような黒い仮面をつけた。
「行こうリチア……少し複雑だなぁ、やっぱり可愛い妹が嫁に行くのは」
「まだ言ってる」
「ははは、すまないな」
兄はからからと笑いつつ私に手を差し出した。
私はその手をそっと掴む。
「……綺麗だよリチア。だから、幸せになるんだよ。兄さんは、それだけが願いだ」
「うん」
――大丈夫、お兄ちゃん――
――アザレア様は、私の事を裏切らない――
――私の事を、愛してくれている――
私はヴェールの下で微笑む。
「御后様、アカシア様、準備が整いました」
「じゃあ、行こう」
兄の言葉に、私は静かに頷いて兄に手を引かれながら歩きだした。
荘厳な空間。
城で働く方達と――警備兵の方に見張られている今もアザレア様の許しを求めている国や種族のお偉いさん達が私を見ている。
まぁ、此処で何かする馬鹿はいないだろう。
何かしたら、その場で「死」確定で、国も種族も一人残らず滅ぼされる。
ゆっくりとアザレア様の居る場所へと歩いていく。
「ストレリチア」
アザレア様が微笑みを浮かべたまま、私に手を差し出した。
私は兄の手から手を離し、アザレア様の手を握る。
兄は一礼して、ヴェールとドレスの裾を掴んでいた方たちと一緒にその場から離れていった。
アザレア様と向かいあう。
何か酷く恥ずかしくて、大司教様かな、それくらい凄い方が何か喋ってるんだけど、頭に入ってこない。
今更ながら、周囲の視線というか、どこか熱のある視線が自分に向けられているのが分かって恥ずかしい。
「……リチア」
小声でアザレア様が私を呼んだのに、はっとする。
アザレア様は柔らかく微笑んでくれた。
おかげで誓いの言葉も、結婚宣誓書への署名も無事に行えた。
「――此処に二人の婚姻がなされたことを宣誓します」
大司教様らしき人の言葉に、拍手が沸き起こった。
歓声も聞こえる。
「……アザレア、様……」
「リチア、愛しい我が妻。愛している」
「私もです……アザレア様……愛しています」
微笑みかけてくれるアザレア様に、私は嬉しくて泣きながら笑った。
裏切られたあの時、本当に私は絶望の底にいた。
決して幸せになんかなれないと、諦めた。
愛することが怖くなった。
信じることが、怖くなった。
自分に何一つ自信が持てなくなった。
でも――
アザレア様が、手を差し伸べてくれたから。
私は、今、こうして幸せに浸れるのです。
愛しています、アザレア様。
式が終わり、ひと段落ついた頃。
謁見の間で、私はアザレア様の隣に用意された私の椅子に腰を掛けて深い息を吐いた。
精神的に色々と疲れたからだ。
それに、何故か式の後から兄とお祖母ちゃんの姿が見えない。
色んな方達がこちらに来たのに。
「どうした、リチア。我が妻よ」
「え、あ、その……アザレア様私の――」
「陛下、謁見を望む者が」
謁見の間に、大臣の方がやってきた。
「ふむ、その者の身分と名は?」
「リュヒテル王国フリューゲル伯爵夫人、カミリア・フリューゲル」
「ストレリチア妃殿下の、母と名乗っています」
その言葉に、私の心臓がどくんと、大きく跳ねた。
――私の、母?――
せっかく落ち着いた感情が再び波打つ。
手が震えてしまう。
「――リチア」
「アザ、レア……様」
「……私に任せよ、其方はしばらく何も語るな。其方の母を名乗る『愚者』の『妄言』を少しばかり耐えてくれ」
アザレア様は優しく微笑んでくれた。
優しく声をかけてくれた。
だから私は、静かに頷いた。
アザレアの予想通り、愚者はやってきた。
何も知らぬまま。
不安になっている最愛の妻に優しく声をかけ、彼女が大丈夫であると確認すると、王としての表情を張り付け前を見る。
心の中で侮蔑と軽蔑の笑みを浮かべながら。
自己権威の強さが見て取れるような着飾ったドレスをまとった、くすんだ茶色の髪に、薄い赤い目の四十代の女が入って来た。
髪の色や目の色は愛しの妻や、義兄と似ていない女。
顔つきも、そこまで似ていない。
おそらくストレリチアとアカシアは父方の血が強くでたのだろうと思った。
アザレアがちらりと見れば、ストレリチアは静かに口を閉ざし、女を見つめている。
比較的落ち着いている愛しの妻の様子に安堵しつつも、アザレアは早急に全てを終わらせることにした。
女からは嫌な「臭い」がするからだ。
「――汝は我が妻ストレリチアの母というが、証拠はあるのか?」
「ありますとも」
女はそう言って、鞄から何かを取り出した。
わざとらしい綺麗な箱に入った「へその緒」だった。
リュヒテル王国では、産まれた赤子の「へその緒」に祝福をかけて父母に持たせる風習がある。
捨てると災いが降りかかるともされている。
――なるほど、だから持っているのか――
「それを見せよ」
「勿論です」
女は大臣に箱を渡して、大臣がそれをアザレアの元に持ってきた。
アザレアが術を使えば。
それは間違いなく、愛しの妻ストレリチアのへその緒であることが判明した。
アザレアは静かに赤紫の目で女を見据え、心の中で嘲笑う。
女が正真正銘、ストレリチアの母であり――
愚者であることを再確認したからだ――
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