第24話 式前の話
「しかし……何と言うか、慣れぬな。この白さは」
アザレア様は椅子に腰を掛けて、白い衣装を眺める。
流石に、村で結婚式上げる花婿のような衣装だと威厳がないとか言われたらしく純白で上質な布に頭がおかしいんじゃないかと思うような細かな金糸等で美しい刺繍が施されている。
ただ、アザレア様が普段好んで着たいと思う服かと聞かれたら、私は違うとしか言えないけども。
確かにアザレア様はその……公には豪奢というか荘厳な感じの衣装をきているが、私的な場面になると――非常に楽な恰好、飾り気のない衣装を好む。
まぁ、私的な場面と言ったら片手で足りる位しかないのですけども……
「陛下、本当に良いのですか?」
今更すぎるが、私はアザレア様に問いかける。
「良い、其方は気にするな。余達の結婚式の衣装が異なるという話は既にしているな?」
「は、はい……」
アザレア様の言葉にこの国の結婚式で着る花嫁衣装と花婿衣装についてを思い出す。
色は問わず、刺繍――紋様と、飾りが重視される。
幸福を祈る紋様が入った衣装と祈りが込められた飾りを纏って式をするのだ。
刺繍が緻密で繊細で美しい程に衣装として良いとされ、祈りも高位の神官の祈りが込められた物ほど良いとされる。
だから、ぱっと見私の村の伝統――に見えるが、こちらの文化もきっちり入った衣装になっている。
遠目では分からないが、私の衣装もアザレア様の衣装も、純白だが細かな刺繍が施されている。
あまりにも繊細で、綺麗で――頭おかしいんじゃないかとさえ思った。
いや、だって純白の布に、銀と白金の糸で刺繍とか凄すぎる。
赤とか青とか布と色が違うのならわかるけど、布の色と近い色の糸で刺繍をしているのだもの。
色々と申し訳なくなってきた。
「――リチア」
「!!」
他の方達がいる前で、アザレア様が二人だけの時のように私の名を呼ぶ。
「へ、陛下?」
「もう良かろう? 此処は厳密には公の場ではないのだ。それに、余はこういう場所でも其方に名で呼ばれたい」
何時もながらアザレア様は突然何か言い出すから心臓に悪い。
「で、ですが……その」
「リチア。其方が余の事を名前で呼んだ事を其方を咎める者など何処にもおらぬ」
遠回しないい方、あえて遠回しにしている事が分かる。
もし、今私の自己肯定が低すぎたら、アザレア様はもっと直接的に言う。
でも、違うから、わざと遠回しで言っているのだ。
「……アザレア、様」
何とか声を絞り出して、アザレア様の名前を呼ぶ。
アザレア様は嬉しそうに笑っていらっしゃる。
「――リチア、余の愛しの妻。美しい、其方は本当に美しく、愛らしい」
アザレア様からの甘い言葉、なんだか今日はいつも以上に恥ずかしい。
顔が熱い。
メイドさんや他の方達もいるから、余計恥ずかしくてたまらない。
コンコン
扉をノックする音が聞こえた。
「陛下、御后様のご家族の方々がいらっしゃいました」
「分かっている、通すがよい」
扉が開くと、明らかに――何と言うか用意した服とは違う服を着せられてる兄と、お祖母ちゃんがいた。
お祖母ちゃんはなんか浮いてる椅子っぽいのに座ってるし。
「リチア……!! ああ、なんて綺麗なんだ!!」
「きれいだねぇ」
感極まっている感じの兄と、嬉しそうな顔のお祖母ちゃん。
「ありがとう、兄さん。お祖母ちゃん。二人とも何か凄いね……」
「式の日程決まる前に、採寸されたから何かと思ったら俺達の分まで服を用意してるとか驚いたよ……なぁ、コレ汚したら俺どうすればいい?」
兄は漆黒色の美しい刺繍が入った衣装を、白い手袋でつまみながら少し引きつった顔で尋ねてきた。
「……弁償終わるまで城でタダ働きとか?」
「ギャー!! すみません、陛下今すぐ脱いでいいですか?!?!」
「はははは!! そのような事は必要ない故に気にするな!!」
アザレア様は愉快と言わんばかりに爆笑した。
「よ、良かった……絶対俺一生かかっても支払えない奴だもんこの服……」
「うん、分かるよ。私のだってそうだし……」
よくよく考えるととんでもない服を身にまとってるなと今更ながら思った。
「さて、アカシアよ。其方と少しばかり話したいことがある」
「畏まりました」
アザレア様は立ち上がり、布の向こう側――その奥の部屋に兄と一緒に行ってしまった。
「……?」
今更何か話す事でもあったのだろうかと少しだけ疑問を感じた。
「リチア、きれいだねぇ。ほんとうにきれいだよぉ」
お祖母ちゃんが私の手を握って穏やかに笑いながら言う。
「……ありがとう、お祖母ちゃん」
私もお祖母ちゃんの手を握り返して微笑み返す。
私はとても幸せ。
裏切られたあの日から、こんな日が来るとは思ってもいなかったから――
「――その、リチアにはまだ言わないでおくんですか?」
「うむ、その為にしばらく其方と其方の祖母に身を隠してもらい、村の長にも口止めをしているのだ」
「はぁ……」
アザレアの言葉に、アカシアは何とも言えない表情をしている。
「――其方しか言葉を覚えていないと思い込み、余の妻となったリチアを利用しようとする雌共を捕えるには良いだろう?」
アザレアがそう言うとアカシアは息を吐いた。
ストレリチアとアザレアの式が決まり、各国にある意味脅しの意味も込めて通達した後――アカシアは何者かに襲われた。
アカシアの警護をしていた者からアカシアを殺そうとしている事が理解できた。
そして、自白の術で依頼主を吐かせたところ――それはアカシアとストレリチアの実母だった。
理由は、幼かった時捨てたので覚えていないであろう、ストレリチアに取り入る為、捨てた事を覚えている、アカシアを殺そうとしたのだ。
アカシアを殺した後に、最後その事実を知っている祖母を殺し、村長は孫を人質に取って口止めをする、という予定だったらしい。
だから、アザレアはアカシア達の死などを偽装させて、そして刺客を洗脳して今に至る。
産んだだけの女は自分の予定通り事が運んでいると思い込んでいるであろう事は予想できている。
「彼の愚者が来たとき、其方は余が呼ぶまで配下と共に待っていると良い」
アザレアは笑みを浮かべて言った。
「……宜しいのですか?」
「構わぬ、余の愛しい妻を――」
「身勝手に捨てた挙句利用しようなどと言う愚か者には罰を与えてやらねばな」
アザレアは嗤う、だがその目には怒りの炎が静かに燃え盛っていた。
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