第11話 復讐の始まり~他人任せが辛い~
「――あの雌は妊娠し、父親は其方を裏切った愚者で間違いないとの事だ」
「……」
アザレアがそう報告すると、ストレリチアは目を閉じ、口をきゅっと閉ざした。
暫くしてストレリチアは口を開いた。
「……赤子が健康な状態で産まれるよう図らって下さい」
「良いのか?」
「――良いのです、それが復讐の一つです」
「ふむ、どういう意図なのだ?」
アザレアの言葉に、うつむいていたストレリチアは顔を上げた。
「産まれた赤子はしばらくしたら――彼女から取り上げます。それは、私がやります」
「……取り上げた赤子はどうするのだ?」
「……私と兄の面倒も見てくださった、ご夫妻にお預けします、養育を任せます」
「それを告げるのか?」
「いいえ『この子はお前のしたことの報いを受ける為に産ませた、その為だけに私は今までお前に何もしなかった、今この時からお前へ私は復讐する』そう言って彼女から奪います」
アザレアは感心し、同時に哀れんだ。
あくまで、ストレリチアの憎悪は自分を裏切った者達だけ。
演出として「どのようにでも受け取れる内容」を口にして、自分の幸福を踏みにじった雌に「何もしなかったのではない、奈落へと突き落とす準備をしていただけ」と宣言する。
産まれた子は、おそらく――息子に裏切られた父母に渡すのだろう。
贖罪も込めて。
「ふむ、では他の連中はどうする?」
「……その前に、確認したいことがあります。宜しいでしょうか?」
「よい、申せ」
「……彼らの親族、もしくは恋人等の関係者が――彼らを擁護するか否かを確認してください」
「擁護した者への対応は?」
「……罰を。擁護した者だけに罰を。心の其処から軽蔑し、非難した方には何もなさらないでください」
ストレリチアは静かに呟いた。
ストレリチアはおそらく、何もかもに「八つ当たり」をしてしまいたい衝動を抱えているのだ。
だが、それを堪え、自分を納得させ「被害」を最小にすることができる方法を彼女なりに探し出した結果の言葉。
善性故の苦悩。
初めての裏切りという絶望と憤怒からくる衝動。
だが、それがアザレアには好ましかった。
苦悩し、嘆き、心が悲鳴を上げている状態に陥っている。
それでも前へと進もうとする美しい存在。
美しき慈悲、美しき憎悪。
善意の塊だったストレリチアは善性を残したまま、美しい復讐者になるだろう。
愚者共が、それを開花させたのだ。
愚者達に対してアザレアは特に何も思うところはなかったが、ストレリチアを裏切ってくれた事に感謝した。
そうでなければ、アザレアはストレリチアを己の妻にすることなど、できなかったからだ。
このような美しく優しく、そして魅力的な女性を妻にすることなどできなかった。
王女だという雌と比べても、今静かにたたずんでいるストレリチアの方が美しく、そして愛らしかった。
肩ほどの長さにある、美しく青光りする黒い髪。
青玉石よりも深い青の美しい目。
日向に包まれて生きてきたのが分かる温かみのある肌。
女性的な柔らかさと剣士として鍛えたことが分かる、芸術的なバランスの体。
今の立場に高慢になることなく、己に良く接してくれる者はどんな種族、立場であれ相手に感謝の気持ちを表す。
王女、聖女という肩書で、表面上は善人そう見せておいて、裏では人を陥れ、奪い、裏切りを繰り返していた雌とは大違いだった。
そんな雌と、男の気を引く仕草に目を奪われ、次期国王という肩書に目がくらんだ愚者とはお似合いだとは思った。
アザレアは、彼女の復讐を望むままに行わせようと、再び心に誓った。
「……」
私は小さくため息をつく。
復讐の為に、幼子を赤ん坊を使うのは心が痛んだ。
私は、あの女が赤ん坊へ母性を持ったと同時に、引き離すつもりだ。
母親から、愛する我が子を奪うのだ。
受け取り用によっては「殺す」という意味にもとれる言葉をあの女に吐いて。
あの女に「これから復讐をするのだ」と告げるのだ。
もし、母性を持たなかったら、それはそれで考えはある。
どちらにせよ、私が復讐という名目で非道な事をすることには変わりはない。
けれども私は、私を裏切った連中と、それを擁護する連中への報復行為にためらいはない。
あるのは復讐の過程で、無関係な人達を巻き込む事だ。
私一人では、復讐はさせてもらえないだろう、そもそも復讐内容として思い浮かぶのものがあまりない。
ぼんやりとしたものだけ。
だから、きっと陛下は、陛下の配下の方々に指示をするだろう。
私が望んだ復讐を、実現するために。
他の人の手を汚させることが辛い。
陛下は気にするなと仰られたけども、気にしてしまう。
私は、私の復讐心の為だけに、他者の手を汚させるのだ。
自分の手を汚すだけなら、まだ良かった。
「「ストレリチア様?」」
「!?」
気が付くと陛下はおらず、ブルーベルとサイネリアが私の傍にいた。
「どうなさいました?」
「あ……そのモルガナイト陛下は?」
「護衛の者を連れて、外出なされました」
「……そう、です、か……」
何となくわかる、きっと私が言った事が外出した理由だ。
あの連中の関係者が、奴ら擁護する者か、否か、それを判断するために。
「……」
「ストレリチア様」
ブルーベルがそっと私の手を包む。
「ストレリチア様は、きっと愚者に罰を与える時、他の者に代わりをさせることに悩んでいるのでしょう?」
ブルーベルの言葉に、私は無言になるしかなかった。
事実だ。
私は、連中に対して復讐する行為を、きっと上手くできない。
「ストレリチア様。貴方様が苦しむことはありません、罰を与える者は皆それに慣れております、貴方様のお心を踏みにじった輩にはふさわしい罰を与えてくれるでしょう。そして彼らは誇りに思うでしょう」
「……誇り……?」
サイネリアの言葉に、私は聞き返す。
「彼らは、どうしても罪を犯さざる得なかった者を罰する者でははありません。彼らが罰を与えるのは、悪意をもって、己の利益のみを考え他者を踏みにじった罪人を罰する選ばれた者達です。それを彼らはそれを誇りとしております」
「……」
「ストレリチア様、ですから貴方様は何一つ心に重荷を負う必要はないのです。それは寧ろ彼らの誇りを傷つけかねません」
「そうです、ストレリチア様。貴方様の母国ではどうか分かりませんが、この国は罪人に罰を与える者――『処刑人』は誇り高い仕事、決して卑下されるものではありません」
二人にそう言われても、なかなか受け止めきれない。
罪人を処刑する者達は、公開処刑の時は皆私の国では顔を隠していた。
処刑人は決して素性を明かさない。
声も出さない。
ただ、淡々と処刑を実行するだけなのを昔見たことがある。
「……」
処刑を終えた執行人に石を投げつける輩を見かけたこともある。
罵声を投げつける輩もいる。
役人にそれを向けたら罰を受けるのは自分だから、彼らは皆非難しても構わない処刑人に感情をぶつける。
国の違い、文化の違い、というのは理解はできる。
でも、うまく私はそれを飲み込むことができない。
私は私の手で、全て行うべき。
でも、きっと上手くできないのも分かる。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
「――ストレリチア様」
ブルーベルが私の手を握ったまま、声をかけてきた。
「何で、しょうか?」
「では、一度会いに行きませんか?」
「……会う……とは?」
「ええ、わが国の――」
「処刑人達に」
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