第8話 簡単まんまるおにぎり
「それで私のところにきたのね」
「はい。突然すみません」
今、金剛寺先輩と俺は、日本文化遺産か?と思うくらい立派なお屋敷にお邪魔している。でかすぎる木のテーブルをはさんで座っているのは金剛寺先輩の友人、
どうしてここにいるんだっけ、俺。
*
オムハヤシを食べた翌日は土曜で、部活の練習は午後からだったので油断して少し寝坊してしまった。
まだ眠い目をなんとか開けて階段を下りると、リビングのドアの前に金剛寺先輩が立っていた。立っていた、というより、腕を組み、足を肩幅に開いて立ちはだかっていた。なんだか厳めしい顔を作っているし、威嚇前のコアリクイみたいだな。
新しい遊びだろうか、としばらく先輩を見ていると、何かを見せようと下から一生懸命腕を伸ばして、スマホの画面をこちらに向けてきた。
なんだろうと腰をかがめると、メッセージアプリの画面が開かれている。画面の上の方には、
ここ、と金剛寺先輩が指さす場所を見てみると、
すみれ『今日家言ってもいい?』
椿『もちろん!菊と待ってるわ』
とやり取りをした後に、周りにハートが飛んでいるクマのスタンプがくるくると画面で回っているのが見える。金剛寺先輩の誤字は気づいていないのか、よくあることだからあえてスルーしているのかが少し気になった。
「石蕗先輩のお宅にお邪魔するんですか?」
「そう。コウくんも」
「え?」
ここ、ここ、ともう一度画面を指さされ、クマのスタンプの下を見ると、コウくんと行くね、と確かにメッセージが送信されている。
「ユリを倒すための作戦会議しに」
「倒してしまってはだめなのでは」
*
という訳で、この前のお好み焼きパーティーで比較的友好的だった石蕗先輩の家に、もう一人の友人、
攻略、というか、一緒に住むことを認めてもらわないとなんだか金剛寺先輩に申し訳ないし、なにより俺が金剛寺家にいたいのだ。
石蕗先輩に、一通り訪問の理由を説明すると、なるほどね、と何度か頷いている。
金剛寺家で会った時はワンピースを着ていたような気がするが、自宅では薄緑の着物を着ている。旧家のお嬢様、というような見た目だった。
しかし、花菖蒲先輩は俺が金剛寺家に御厄介になるのをあまりよく思っていなかったようだし、徐々に認めてもらおうとは思っていたが、金剛寺先輩がこんなに積極的だったとは。隣に座る金剛寺先輩をちら、と見ると、なんだか使命感にあふれた目をしている、気がする。
「コウ君は、すみれちゃんの恩人さんなのよね?」
「あ、はい。覚えていないのですが…」
金剛寺家以外の人にコウ君、と呼ばれると、ちょっと驚いてしまう。
「そのお話は、すみれちゃんから聞いていたし、撫子さんと二人で決めたことなら私は良いと思うの」
私、すみれちゃんとは中学から一緒なのよ、と石蕗先輩が微笑む。
「でも、ユリね…うん、ユリは…すみれちゃん大好きクラブ名誉会長だから」
「そんなクラブがあるんですね」
「やだ、冗談よ」
うふふ、と石蕗先輩が着物の袖を口元に添えて笑った。この人、こんな冗談を言う人だったのか。
「ユリは小学校からの幼馴染だから、すみれちゃんにつく悪い虫が許せないのね」
「悪い虫…」
「いえ、別に男性だけじゃないわ。すみれちゃんに危害を加えるなら女性だって容赦なくフルボッコにするの」
フルボッコ、と聞こえた気がするが…。石蕗先輩は特に表情を変えず微笑んでいる。
「ユリって見た目は美少女だから、変な男が寄ってきやすいのよ。だから小さいころから護身術を習っていて、異様に強くなっちゃったのよね」
「なるほど」
確かに、花菖蒲先輩は口調こそ厳しいが、長い黒髪とすらっとした体型は、女性の美醜に疎いと言われる俺から見ても美人、という感じだった。そのために小さいころから苦労していたのだな、と納得する。
「ねえ、おなかすいた」
「あら、もうお昼ね」
菊さんの声で全員時計を見る。少し早いが確かにもう少しで昼の時間だった。
「じゃあ、あれやりましょ」
「あれ?」
あれとは、と首をかしげている間に、わーいと叫んで菊さんが部屋を飛び出した。金剛寺先輩がしびれたらしい足を引きずりながら後を追い、遅れて俺も石蕗先輩に促され部屋を出る。
しかし廊下が長いな…中学の修学旅行で行ったお寺みたいな木造の廊下から、見事な庭園が見える。こんなお宅、金剛寺家の近所にあったのか。
しばらく廊下を進んで、前を歩く石蕗先輩が木戸を開けると、広い台所に出た。日本家屋なのに、どでかいシステムキッチンが備え付けられた、これまた立派な台所だ。
その中央の大理石のテーブルで、金剛寺先輩と菊さんがお茶碗を大量に並べている。
「はい、おにいちゃんはこれね」
「ありがとうございます」
菊さんから渡された茶碗は2つ。いっぱい食べろよ、ということだろうか。
「コウくん、お米」
「え、はい」
両手に持っていた茶碗の片方に、金剛寺先輩が少量のごはんを入れる。その上から鮭のフレークをかけると、鮭の良い香りがふわっと広がった。
「こうするんだよー」
同じように両手に茶碗を持っていた菊さんが、茶碗を合わせて思い切り上下に振る。振りながら、菊のはのりうさぎふりかけだよーと笑っているが、茶碗を落としそうではらはらして目が離せない。
しかも後ろで金剛寺先輩も茶碗を振り始めたからもうどっちを見てよいのかわからず、交互に首を動かしていると、それを見ていた石蕗先輩がふふ、と笑った。
「正直すみれちゃんのほうが心配よね」
「はい」
即答してしまった。
「できあがり、もらったら?」
後ろを振り返ると、金剛寺先輩が茶碗を開いてこちらをじっと見ている。
茶碗の中を見ると、つるんとしてきれいな丸いおにぎりが収まっている。表面に緑色の模様とごまがついているから、おそらく高菜ふりかけをかけたのだろう。
「これ、小さい子でもできるおにぎりの作り方」
「なるほど」
「菊ちゃんいるから、毎回石蕗家来るとこれやるの」
食べて、とラップに包まれたおにぎりを差し出されたが、両手に茶碗を持ったままだったので、そのまま先輩の手から一口食べてみた。
石蕗先輩が、まあ、と声を漏らすのが聞こえる。さすがに行儀が悪かっただろうか。金剛寺先輩もなんだか驚いた表情をしているし。
味は、普通に握ったおにぎりより米がつぶれて柔らかくなっている気がしたし、温かいごはんにふりかけが溶けて美味しかった。
「美味しいです先輩」
「おにいちゃん、すみれちゃんと仲良しだね」
菊さんが自分のおにぎりを頬張りながら笑う。
「今のはユリの前でやらないほうが良いけれど、それだけ仲が良ければ大丈夫じゃないかしら」
はい、作戦会議おしまい、という石蕗先輩の声で、金剛寺先輩がはっと我に返り、俺は先輩が落としかけた茶碗を2つともキャッチした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます