第6話 休日のホットプレートお好み焼き
早めに目を覚まして後悔した。スマホの画面を見ると、朝7時。今日は日曜で、珍しく部活の練習もない。もう1時間くらいは寝ていたかったな。
目が覚めてしまったので、適当に着替えて1階へ向かう。どうせ自主練はしようと思っていたのだし、洗濯と掃除を済ませたら軽くランニングでもしてくるか。
「あれ、先輩早いですね。おはようございます」
リビングのドアを開けると、おはようと小さい挨拶が返ってきた。キッチンの方でいつもの薄紫色のエプロンをつけた金剛寺先輩が、ミニトマトをつまみ食いしている。撫子さんの鞄はないから、もう仕事へでたのだろう。
リビングを通り抜けてキッチンへ向かおうとすると、テーブルの中央に大きめのホットプレートが置いてあることに気付いた。銀色のドーム型の機械は、撫子さんがこだわって揃えたらしい家具の中にあるとかなり異質だ。
「今日、何かあるんですか?」
「友達が来る」
ああ、だから早くから準備をしているのか。ならば掃除はいつもより気合入れてやったほうが良いな。冷蔵庫から麦茶の入ったペットボトルを取りだしながら、先輩の方へ目線を向けると、じっとこちらを見ている。この目は知っている。何か言いたいことがあるときの目だ。
「コウ君も一緒にお好み焼きパーティーしよ」
「え、俺もですか?」
突然のパーティーへのお誘いから掃除洗濯等家事を一通り済ませ、先輩が買い忘れた豚肉を買いにスーパーへ買い出しに行った帰り。時刻はそろそろ昼前かというところだが、自転車をこぐ速度をいつもより少し落とす。本当に俺もお好み焼きパーティーというものに参加して良いのだろうか。
そもそも自宅でお好み焼きってするものなのだということをさっき知ったばかりだが、しかもパーティー…少し不安ではある。
門の中に自転車を停め、玄関を開けると、見たことのない靴が3足。うち1足は高校生…というよりは小学生くらいのサイズに見える気がするが、ともかくもう先輩のご友人は来ているようだ。手を洗い、リビングへ向かう。
「遅い」
リビングのドアを開けた瞬間、不機嫌そうな声が飛んでくる。と、ともに小さな影が足元にとんできた。
「ホントに大きいんだねえ。かっこいいねえ」
かなり下の方に、にこにこと笑顔の少女がいる。先輩より小さいから、小学生だろうか。靴の主はおそらくこの子だ。足にしがみついている少女から目線を上にあげると、金剛寺先輩と、黒髪の長い女性とメガネの女性がホットプレートを囲んでいる。
「
メガネの女性が声をかけると、少女ははーいと返事をして三つ編みを揺らしそちらへ駆け寄った。どうやらキクという名前らしい。
「豚肉買いに行くだけでどんだけかかってんだお前」
黒髪の女性がこちらを睨む。いわゆる美人、という感じのきれいな顔立ちで、睨む顔には金剛寺先輩とは違い迫力がある。金剛寺先輩は反対側でお好み焼きの具材をぐるぐるとかき混ぜていた。またしてもまくった袖が落ちそうだ。
「遅くなってすみません。本日は先輩方のご相伴に預からせて頂きます。海野幸太郎と申します」
「武士か」
「ちょっと、ユリ」
メガネの女性が困ったように微笑んだ。全体的にふんわりとした雰囲気のお姉さん、という感じだった。黒髪の女性からは、おら、さっさと豚肉よこせよ、という前に舌打ちが聞こえた気がするが、聞こえなかったことにしよう。買ってきた豚肉を渡して、金剛寺先輩の横へ移動する。あらかた混ぜ終えたらしい先輩は、豚肉ありがと、とこちらをみて言った。
「こっちがユリ、こっちは
黒髪の女性、メガネの女性、少女の順に手のひらで指して紹介してくれる。最後に、こちらはコウくん。と俺の紹介もしてくれた。
「2年の
「よろしくね大きいおにいちゃん!」
「
最後の花菖蒲先輩からは何故か敵意が感じられたが、座ったまま軽く頭を下げる。三者三様の挨拶を聞いていると、先輩がホットプレートの上に手をかざしている。温かさを測っているようだ。一度頷くと、プレートの上に生地を流し、丸く整える。
「豚肉、上にのせて」
「こう、ですか」
生地の上に豚肉を3枚並べると、先輩が頷く。生地の中にはネギ、紅ショウガ、揚げ玉の他に、ちくわが見えた。
「ちくわ入れるとね、だしがでるんだよ」
「菊、出汁の意味わかってねーだろ」
机の横から菊さんが顔を出して教えてくれた。わかるもん!おいしいやつだもん!と花菖蒲先輩にじゃれている。なるほど。店で売っているお好み焼きでは見ない具材だが、ホットプレートの上の油でパチパチと美味しそうな音をたてている。
じっと見ていたら、金剛寺先輩がなんでもないように生地をひっくり返し、蓋をする。ホットプレートに蓋ってあったのか。
しばらく待って蓋を開けると、もあっと湯気が天井に逃げる。石蕗先輩は菊さんが湯気を触らないように膝の上で抱いていた。
ジュワッと音をさせてソースをかけると、先輩がフライ返しで生地をピザのように切り分け、全員に配る。俺も一緒にお茶を配ったが、花菖蒲先輩だけは、そこ置いとけ、と受け取ってはくれなかった。やはり敵意を感じる。
「いただきます」
菊さんの号令で、みんな手を合わせて食べ始める。箸を入れ、近くへ持ち上げると、焦げたソースの良い香りが食欲をそそる。
口に入れると、カリカリに焼けた豚肉と、ふわふわの生地のなかに入ったキャベツの熱さで、思わず細く息を吐く。ちくわの出汁のせいなのか、店のお好み焼きとはまた違う味がして美味い。
「美味いです。先輩」
「お好み焼き粉に混ぜる前、ちくわ一回茹でてるから」
金剛寺先輩はまた満足気な顔をした。
「すみれの飯をうまそうに食うのはまあ許してやる、でも認めねえから」
「ユリに何を認めてもらうのよ」
花菖蒲先輩が不機嫌そうに、ホットプレートの上の2枚目に手を伸ばす。石蕗先輩は、また困った顔をした。
「ごめんね。この子、すみれちゃんのことが大切で、まだ海野君のことなんていうか…警戒していて」
「当たり前だろ、男だぞ?しかもでっけー男」
「すみれちゃんと撫子さんが良いなら良いじゃない」
うるせーうるせーと耳を両手でふさぐ花菖蒲先輩と、なんなのよユリは、と眉を下げる石蕗先輩。この会話からすると、金剛寺先輩のご友人であるこの2人に、俺は認められていないらしい。まあ、そうだろうな。いきなり知らない男と住んでますって、それは心配もするだろう。ここで俺が何か言って認めてもらえることでもない。
黙っていると、お好み焼きを1枚食べ終えたらしい金剛寺先輩がまたこちらをじっと見ている。
「先輩?」声をかけると、友人2人の方を向く。
「コウ君は、良い人」
「キクもそう思う!」
菊さんが金剛寺先輩に抱き着く。突然の突進に耐えられなかったらしい先輩は横に倒れ、それを横に座っていた俺が支える形になった。
「そんなん今日1日じゃわかんねーよ」
ごちそうさん、バイトあるから片付け任せた、と花菖蒲先輩が出ていく。
「え、やだ、菊お茶の時間だわ」
えーという菊さんをひっぱり、石蕗先輩はものすごく申し訳なさそうにリビングを出て行った。残ったのは、食べかけのお好み焼きが残ったホットプレートと、その調理道具。
「ごめんね」
いつもと変わらない表情だが、寄りかかった先輩から、悲しいという気持ちがじんわり伝わる。なんと言って良いかわからず、そのまま正面を見つめた。
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