第4話 ポン酢であっさりピーマン肉詰め
金剛寺家に来てから1か月が経った。
部活の練習が本格化し、帰宅時間が遅くなっても先輩は変わらず夕飯を作ってくれ、毎日一緒に食べた。撫子さんは仕事で帰るのが毎日21時を過ぎることが多く、ほとんどは先輩と二人で食事をしている。
1か月一緒に生活していてわかったことだが、金剛寺先輩は結構忘れっぽい。買い物に行けばほぼ必ず何か1つは買い忘れがあるし、買い忘れたことを忘れていることもよくある。
それと、意外だったのだが、料理以外の家事が全くできない。料理をしているときは手際よく何品も作っているのに、掃除をしようとすると掃除機のコードを踏んで転がり、洗濯をすれば洗剤を入れすぎて洗面所が泡だらけになった。昔読んだ漫画のようだ。
本人曰く、家電製品に呪われているらしい。確かに、あの数々の惨状を見れば納得せざるを得ない。ついこの前も玄関を開けたら、洗濯機の泡をなんとかしようと慌てた先輩が花瓶を倒し廊下がめちゃくちゃになっていたことを思い出した。
家事を失敗する度、下を向いてこの世の終わりのように落ち込む先輩と、また派手にやったね、と大笑いする撫子さんが日常であり、たまたま遭遇率の高い俺が後片付けをするのも日常と化していた。
先輩としては相当申し訳ないと思っているらしく、いつものごとく片づけをしている俺を影からじっと見守っている。手伝いたいが、手伝うと更に状況が悪化することを知っているからだろう。眉を下げてこちらをみている様子は、飼い主に怒られた犬みたいだなと思った。
そんなわけで、俺は金剛寺家の料理以外の家事担当となった。さすがに洗濯は二人とは分けているが、そのほかやれることは全てやる。居候させてもらう以上当然のことであるし、実家にいたころから家事は全て俺の仕事だったので、特に苦ではない。何もしないで家においてもらうことのほうが心苦しいので、むしろ楽だ。
ここ数日、部活から帰ると風呂掃除をするのが習慣になっているので、今日も浴槽を磨き終え、キッチンへ向かう。いつもなら大体この時間は先輩が料理を終え、食卓について俺を待っていてくれるのだが、今日はまだエプロンをしてシンクの前に立っていた。
「何か手伝えることありますか?」
袖をまくりながら近づいてみると、半分に切られたピーマンが数個と、みじん切りの玉ねぎがまな板の上に並んでいる。調理台の上には大きな花柄の皿が3枚。上には千切りキャベツとミニトマトがのせられ、真ん中がぽっかり空いたままだ。先輩はぼんやりシンクを見つめ答えない。
「ひき肉買うの忘れた」
「ピーマンの中身ですか?」
先輩が申し訳なさそうに頷く。どうやら野菜を切り終えてから気づいたらしい。今日の夕飯はピーマンの肉詰めで、メインが作れないという状況のようだ。
「何か別の料理に切り替えるとか」
「明日買い物行くつもりだったから、今このピーマンしかない」
「今から自転車で買いに行きましょうか」
とは言ったものの、運悪く一番近いスーパーは改装工事中で休業しており、次に近い隣町のスーパーまではとばしても30分以上かかる。先輩もそれをわかっているからか、顔を真っ青にして首を横に激しく振っている。
どうしようか、と二人してピーマンを見つめていると、先輩がはっと顔を上げた。
「なっちゃん、冷凍庫」
とだけ言うと、冷凍庫を開けて中を探る。間もなく、奥から冷凍されたひき肉のパックがでてきた。
「ひき肉!」
「この前、安かったから買って、冷凍庫に入れたって言ってた」
確かに賞味期限を見ると2日前。少し前に買ったものだ。つまり、なっちゃん冷凍庫の真意は、なっちゃん(がひき肉を)冷凍庫(に入れたって言ってた)だったわけか。とにかくひき肉があって良かった。
「とりひき肉でも良い?」
「はい」
正直ひき肉の違いがわからないので即答してしまったが、先輩は頷くと大きなボールを取り出し調理台に置いて、ひき肉をレンジに入れる。しばらくすると、ひき肉は解凍されてレンジからでてきた。
半解凍の薄いピンク色のひき肉と、まな板の上にあったみじん切りのたまねぎをボールに入れると、冷蔵庫から卵を一つ取り出し割り入れた。その上から塩コショウと片栗粉を入れ、ビニール手袋をしてこねる。
がんばれ先輩、などと、一生懸命肉の塊をこねる先輩を応援しつつ後ろから見ていると、混ぜ終わった肉を半分になったピーマンに詰める。指でぎゅっと押しながら詰めていくと、あっというまにボールに肉はなくなった。
「もうできるから、ごはんとお味噌汁よそって」
「わかりました」
フライパンに油を引くと、ピーマンをその上に並べる。ジューという音と匂いに後ろ髪を引かれつつ、ごはんをよそいに炊飯器へ向かう。
すべてのピーマンを並べ終えると、フライパンに蓋をして、先輩がお茶をついだコップを持って食卓へ来た。お茶を受け取ると、またキッチンへ戻っていく。
テーブルに味噌汁がセットされる頃には、ピーマンの肉詰めが完成し、先輩が両手に皿を持ってふらふらとあらわれた。今にも落としそうで慌てて受け取り、席につく。
「いただきます」
手を合わせ、軽く礼をする。これも金剛寺家での毎日の習慣。
花柄の更に盛られたピーマンの肉詰めは、一度食べたスーパーの総菜より肉の色が薄い気がする。先にサラダを食べつつ見ていると、先輩がこちらを見ていることに気付いた。
「いつもは合いびき肉でつくるんだけど」
「ああ、だから色が違うんですね」
「ポン酢かけて食べると美味しい」
はい、とポン酢を渡される。確かに、ピーマンの肉詰めは、ケチャップとか醤油で食べるようなイメージがある。確かテレビで見た。珍しいなと思いつつ、言われるままポン酢をかけて口に入れてみた。
ピーマンの歯ごたえと、肉の柔らかさが一緒に口に入ってきて、そのあと肉の中に入っている玉ねぎのシャキシャキとした食感がやってくる。ポン酢をかけた鶏ひき肉は、鍋に入っているつくねのようなさっぱりした味で、軽い感じだ。
脂っこさがなく、すいすいと食べられてしまう。先輩がいつも気を使って、俺のおかずは少し多めにしてくれるが、すぐに食べ終わってしまった。
「鶏肉だと、あっさりしてて良いでしょう」
誇らしげな表情の先輩の横にあるポン酢が倒れそうで、手を思い切り伸ばして掴む。
「とりひき肉で良かったです」
ちょっといじわるを言うと、先輩はバツが悪そうにごはんを頬張った。
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