第一否定 人形憎愛 第四節

「これは、不味いかな。」


「どうだ、凄いだろコイツは、君があの二体に構っている間に、君の動きを読み一瞬の隙を突いて掴まえさしたのだよ、オートで動く奴らとは違い、私が直に操れるコイツは、最適解を導き出し、常に学習させる事ができる、素晴らしいだろ私のこの力はこの様な事が出来る!

 ……さて興奮してしまった所で、クスリが切れて暴れられたら面倒だな、そろそろ終わりにするか。」


 現状僕は古江 恭二が操る死人によって地面に拘束され、彼女はクスリを盛られただけでなく黒布によって壁に拘束されてしまった。

 ……まずいところのはなしではない、絶体絶命だ。

 古江 恭二は先程伸ばした指を握り締め、加羅の方へと歩き出す。

 加羅が死ぬのは…………構わないが、それでも見殺しにするのはいささか後味が悪い。

 でも奴を否定する為の材料が揃ってない以上、今の僕では奴には勝てない……それならば少しでも会話を弾ませ奴の願望を見極めるとしよう。

 唯一動く頭を動かし、古江 恭二に話しかけた。


「随分と自分の力に酔っているみたいだな、自分の体を改造するだけではなく、人で実験をし、死者を操り、そして人を殺す。

 様々な人を殺してはその肉体の一部を剥ぎ取る。

 あんな計画的な犯行をする以上、何かしらの目的があるのだろうが、貴方の目的が全く見えてこない一体全体何がしたいんだ。」


 古江 恭二の足が止まると、向きを変え、コチラに歩いてきた。

 僕を見つめながら、何かを考えた後、口を開く。


「目的が何かだと……ふむ、クスリはまだもつな仕方がない、ここまで辿り着いた努力と、何も知らずに殺されるのは少々無念だろ、私の目的が何かなにか答えてやろうかな。

 私の目的それはだな、そこで眠っている私の妹小百合を美しい存在、完全なる人にしてあげたいだけなのだよ。」


「完全なる人だと?」


 そう聞き返すと古江 恭二は首を縦に振る。


「そう、完全なる人だ、君達がここに来たって事は、既に僕の犯行を全て知っているという事なのだろ、なら話は早い、知っての通り、私は女性のパーツを特に美しいパーツを集めていたのだよ、本来持つべきものではない人間達からな。」


 そう言いながら古江 恭二は古江 小百合の元に歩いていく。


「小百合は……勿論前のままでも充分綺麗だったよ、でも、それだけでは勿体無かったのだよ。

 今まで私が集めたパーツがあるだろ、そのパーツの方が小百合が本来持っていた物よりも少しばかり優秀でね、そんな優秀なパーツを小百合が持たずに他の物が持っているのは、私としては中々に許しがたい事だった。

 だから私は少しずつパーツを集め、小百合に少しずつ与え始めることにしたのだよ。

 少しつずつ、少しずつ、目を変えた、耳を変えた、手を変えた、喉を変えた。

 そうする事で小百合は完全なる人として、この世に目覚めるだろう。

 中々に苦労したがそれももう少しで完成する、もう少しでこの私と共に未来永劫この世界で生きていき、末長く幸せでいられるんだ! ……でもまだパーツが足りなくてね、次は髪も変えてあげたかったのが、でも今見つけたよ。」


 そう言うと古江 恭二は加羅の方に行き、加羅の髪に手を伸ばす。


「ふむふむ、やはり君の髪の方が小百合よりも質が良いのだな、色は染めていて分かりにくいがかなり上質な髪だ、君には勿体無いな。」


 すると、彼女は髪を触られるのを嫌がる様に頭を逸らした。


「随分いい趣味をしているのだね、女の子に薬を盛るだけではなく、こうやって拘束し、動けないことをいいことに髪を触るのなんてね。」


「ふん、お前みたいなのを女性として見ていないのだよ、それに私はかなり性格の良い方なのだよ、被害者達も苦しまずに殺してあげているんだからな。」


 すると彼女はその言葉を聞いた後、鼻で笑った。


「貴方の性格がいいだって、ハハ! それなら何故貴方は古江 小百合に拒絶されたのか分からないな。」


 その言葉を聞いた瞬間、古江 恭二の動きが止まり、顔からは笑顔が消えていた。


「今……何と言った……」


 その声は今迄で聞いたどの声よりも重く、怒りを感じる。

 だが彼女はそんな事を気にしてないかの様に淡々と話し始めた。


「おやおや、たった一言で眉間に血管が浮かび上がるとは、まさかとは思ったが、やはり拒絶されていたのか。」


「……黙れ。」


「まぁ仕方ないよね、君達は血の繋がった兄妹だから無理だよね。」


「違う、そんな事は関係ない、黙れ。」


「ん〜そうだね、お互いの愛さえあれば何処か遠いとこに行って二人仲良く暮らせばいいもんね、あれ?じゃあなんでそんな事をしなかったんだろうね彼女は。」


「うるさい、根拠のないことをベラベラと話すな黙れ。」


「根拠のないことか確かにそうだな、いやはや済まなかったね、根拠のない事を話してしまって、まぁでも貴方の態度から見て、拒絶されたのは本当なのだろうな、でもどうやって拒絶されたのだろうか、もしかしてだが彼女……貴方とは違う他の誰かと結婚するとか言ったのではないかな?」


「――――!! ガァァ黙れ!!!」


 加羅の最後の一言で、古江 恭二の怒りが爆発し、加羅に向かって拳を放つ。

 ただしその一撃は加羅に当てず、壁を殴りつけた。

 その衝撃は凄まじく、壁に無数のヒビを作り、今にもこの地下室が壊れるのではないかと不安になるな。

 古江 恭二はそんな事を気にした素振りをみせず、声を荒げながら叫び出した。


「違う! 違う! 違う! 違う! 違う!!! 小百合が私以外の誰かと結婚する筈が無いだろうが!私を拒絶する筈がないだろうが!!」


「それでも拒絶されたのだろう? 兄さんとは一緒に暮らせない、兄さんとは一緒の道を歩めません、私は他の人と幸せになります、だから兄さんは他の人を愛してってね。」


 この状況でも加羅は平然と古江 恭二を煽るかの様に話しかける。

 その態度が気に入らないのか古江 恭二は加羅を睨みつけた。


「なんなんだ貴様は! さっきから小百合の事を知っているかの様に話して! 小百合は私を拒絶していない! 結婚するなんて嘘に決まってるだろ!! ただ父さんや母さんを悲しませない為に、あんな事を言ったんだ!!」


「で、結果逆上してしまった貴方は、彼女を殺してしまいここに隠したのか、ハハ! とんだ笑い事だね。」


 ……今加羅はなんて言ったんだ……殺してしまっただって? そんな筈た。

 彼女はちゃんと呼吸をしていたことを、彼女も確認していた筈だ、すると困惑している僕に対して彼女は話しかけてきた。


「ああジン、残念ながら彼女は生きてないよ……ただ呼吸をしているだけ、心臓に手を当てても動いてない、彼女はただ古江 恭二の願望チカラによって生きているかの様に呼吸することしかできないのだよ。

 生き返って欲しいと身体を弄っても目覚めない、腐りゆく体を取り替えても生き返る事はない。

 例え古江 恭二の願望チカラを持ってしても出来るのは、君を捕まえている死人達の様に決められた事、命じられた事しか出来ないのだよ。

 ホント悲しい願望チカラだね。」


 すると、古江 恭二はその言葉を聞き終えた後、彼女の首を絞め始めた。


「んん!」


「ペラペラペラペラとよく回る舌だ。

 もうお前はタダでは殺さない、私のチカラを使い違う生き物に変え、死なない体にしそして一生生き地獄を味合わせてあげよう……でもその前に。」


 すると古江 恭二は僕の方を見る、取り押さえていた死人たちは、みるみる力を強めていき僕を殺そうと動き始めた。

 まだ願望チカラは使えない状況なのに、筋力で対抗してみるも余りにも力の差がありすぎて抵抗ができない。

  加羅は麻痺をしている体で必死に首を絞められない様に力を入れて抵抗しているが、そう長くは持たない、僕も上手く呼吸ができなくなってきた。

 死が目前まで迫ってきている、ただそんな状況でも、僕は決して焦ってなどいなかった。

 確かにヤバい状況なのだが、後少し、もう少しで願望コチラの切り札が使える……あと一言……確信を得るためのあと一言が必要だ。

 古江 恭二は、何かを言い忘れていたかの様に話す。


「そういえば一つだけ、間違いを正しておかないといけなかったな、小百合の身体を取り替えたのは、生き返って欲しいからだけではない!! 小百合に教えてあげたかったのだよ……例え小百合が怪我をしたりしてぇ! 自分の身体が汚れたりしたりぃ! 歳をとって醜くなったりしてしまってもだ! この私のチカラを使えばいつでも永遠の美を保てる! 死んでしまっても私が蘇らすことができる!! 壊れたとしても直すことが出来る!! それを知れば小百合は私を愛してくれる!!! ああ、目を覚ますのが待ち遠しい、今度こそ、今度こそ小百合は私の物になってくれる。」


 ……やっと揃った、古江 恭二は確かに言ってしまった、身体を取り替えると、壊れても直すと。

 その一言のおかげで、僕はこの願望を否定できる材料が揃ってしまった。

 揃ってしまったのなら仕方ない、このまま僕が殺され彼女も死んでしまうのは些か不愉快だ。

 本当に仕方がないので、ここからは僕が加羅の代わりにこの事件を解決してあげようか。

 ……それじゃあまずは僕を拘束し、殺す寸前の彼らから解放してあげよう、いうまでもなく彼らはもう死人だ、本当は生きていたらおかしい人達、なのに古江 恭二のせいで動かされ、人殺しの人形として操られている人達だ、まずは彼等の糸を切ってあげることにしよう。

 あっ、その前に願望名を決めなければ……そうだなこの願望名は。


「願望名……人形憎愛にんぎょうぞうあい僕は貴方の願望を……否定する。」


 そう言い終わると彼らの手は徐々に弱まり、動かなくなる、彼らの拘束が解けた事で動けるようになり、立ち上がる。


「……残念だけど小百合さんを生き返らせたいという願いは、絶対に叶わないぞ、古江 恭二。」


 古江 恭二は彼女の首を絞めていた手を外し、僕を見て驚く。

 まぁ驚くのも無理もないと思う、彼は完全に勝利を確信し、自分の願望をもう少しで叶えられる、僕と彼女を殺せば誰も自分の計画を妨げる存在はいなかった筈なのに、もう死んでいると思っていた人物が目の前に立っているのだから。


「……これはどうゆうことだ、てっきり死んだと思っていたのに何故生きているのだ? 何かの間違いか? ……ああ、なるほどそうか、死体の場合はそんなに長く操れなかったのか、そういえばそこら辺の実験はしていなかったな、まぁ別に問題はない、まだ数はあるのだからな。」


 古江 恭二が指を鳴らすと、後ろのロッカーがまた開き中から六人の死体が飛び出し、出てきた彼等は僕に一直線に向かい、一斉に襲いかかってくる、それを腕を横に振る。


「貴方達は終わった命だ。

 あんな奴に人形の様に操られるのは無念だろ、だから……おやすみ。」


 彼等に一人一人触れていく、そうすると糸が切れた人形のようにその場に倒れていく、それを見ていた古江 恭二のさきほどまでの余裕のある顔は無くなり、眼を見開きながら、僕がなにをしたのかを必死で考えていた。


「……お前……今何をした。」


 何をしたかか、それを説明するのは凄く面倒くさいのだが、古江 恭二は僕達の質問に答えてくれたから答えてあげようか。


「何をしたかか……ただ僕は貴方の願望を否定しただけだよ、死んだのに貴方に人形の様に動かされる事をね。」


「否定しただと?全く意味が分からないが、もしかして君も私と同じ存在なのか?」


「同じ存在か……そうか貴方は知らないのか、それなら教えておいてやるよ。

 人は何かしらの願望を持つ、他人より強くなりたい、賢くなりたい、空を飛びたい、速くなりたい、尊敬されたいと。

 それは人として生きているのなら普通の事だが、その中でたまに、とある願望チカラに目覚める者たちが現れた。

 中には人に危害を加えず、自分の願いを叶える者もいるが、貴方の様に自分の願いを叶える為に、誰かを傷つけ殺す者も存在する。

 僕達はそういう願望チカラを使う者を願望者と呼んでいるんだ。

 僕の願望チカラはかなり特殊でね、でも貴方が小百合さんに対して、抱いた感情について理解したことでその条件をクリアできたよ。」


「小百合に抱いた感情だと? 一体それが何の関係があるのだというのだ?」


「関係は大アリだよ、貴方が小百合さんに抱いてしまった感情。

 先程僕が貴方の願望に付けた名前、人形憎愛。

 その名前の通り貴方は小百合さんに対して憎愛を抱いてしまったのだよ。」


「憎愛だと?……何を訳のわからん事を言うんだお前は。

 そんな間違った感情を思った事などない! 勘違いもいいところだぞ!!」


「いいやピッタリだよ、貴方が小百合さんに抱いてしまった感情は憎愛だ。

 そして貴方は小百合さんの体を壊れたから取り替える、もっと良いものを手に入れたから付け替える。

 そういう貴方の価値観が他人を人形の様にしか感じられなくしてしまったんだ、勿論小百合さんも例外ではなくだ。」


「ふん、何を言い出すかと思えば、何を根拠にそんな事が言えるのだ、私が憎愛を抱いていただの、自分以外は人形でしかないだと? しかも小百合ですら人形でしかないだと? 理解に苦しめられるな。」


「貴方がなんで小百合さんに憎愛を抱いていたかは簡単だ。

 貴方は加羅に言われた通り小百合さんに振られたのだろ、兄妹だからという理由だけではなく、他に好きな人がいる、結婚を約束した人物がいると。

 貴方の怒りようではどうやら本当だったのだろうな、貴方達の具体的な関係は僕には分からないが、両親に勘当されてまでも、添い遂げたかったのに、それをいつ出会ったのか分からない人物に、自分の最愛の人が盗られてしまった。

 さぞ貴方は憎しみが溢れ出ただろな、何度かその相手を教えろと迫ったが、貴方は小百合さんに拒絶されてしまった。

 どう拒絶されたかは分からないが、貴方の憎しみは限界を超えてしまい勢い余って殺してしまったのだろう。

 その後我に返ったが遅かった、呼吸は止まり、心臓の脈は無くなり、どうにかしようとしたが何もできなかった。

 でもどうにか生き返って欲しい、自分をまた愛して欲しいと願った。

 でも心の中ではそれではダメだと気付いていた。

 もし蘇生ができても小百合さんはまた自分を拒絶する、自分を愛してはくれないとまた憎しみを抱く、だから貴方は小百合さんを人形にしようと思ってしまった。

 ただ生き返るのではなく、自分を愛し、自分を側にいさせるためにね、憎しみと愛を繰り返してしまう……まさしく憎愛だね。」


「……君達二人は、そこまでして私を怒らしたいようだな、憎愛など抱いていない! ただ、ただあれは事故だっただけだ!!  小百合が死んだのはただの事故だったんだ!! だから私が小百合を直して生き返らせる!!」


 生き返らせるか……古江 恭二は理解していないのか、それか現実を見たくないのか、未だにそんな事を言っているのか、残念だが彼の願望ではそれが出来ないないのだよ。


「残念だけど、その願いは絶対に叶わない。」


「なんでそんな事がわかるんだ!!!」


「わかるよ、貴方のその願いは叶わない、ただし願望なら叶う、そのかわり小百合さんは人ではなく、貴方が操って見せた死人達と同じ、人形としてだけどな。貴方もそれがわかってるんだろ。」


「………」


 古江 恭二は、僕の問いかけに対して反論をしてこない、この反応を見る限りどうやら薄々は気付いていたようだ。


「その反応だと、貴方も分かっていたのだろ。

 先程話した通り、貴方は自分以外の人間を人形として見てしまっている。

 そんなのじゃあ絶対に生き返らない、何度臓器を取り替えても、何度体を取り替えても、貴方の願望では生き返らないのだよ。

 だからハッキリ言ってやるもう諦めろ、これ以上抵抗せず警察に自首しろ、さもないと……僕は貴方を否定しなければいけない。」


 僕は古江 恭二に最後のチャンスを与えた、これ以上無駄な血は流したくない、誰も傷づかず終わって欲しい……だけどそれは叶わないようだ。


「……生き返らないだと……諦めろだと……自首しろだと、そんな事はない! まだ私が自分のチカラを上手く制御出来ていないだけで、これを何度も繰り返せば必ず生き返るはずなんだ!! それを諦めろだと、何様のつもりだお前は!!!  それに何勝った気でいるんだよ、追い詰められているのはお前達だというのに! いいだろうこの私のチカラを見してやる、もうどうなっても知らないぞ!!!」


 古江 恭二の筋肉が内側から蠢き出すと肉体を変化ささていく。

 身長は三メートルを超え、腕は丸太の様に図太く、胸元は服を破り露出するぐらい膨張していく、その姿はまるでゲームとかに出てくるモンスターの様な姿に変わる。


「それが貴方の本当の姿なんだな、どうりで加羅の一撃を食らってもビクともしないはずだよ、いったい何人の人から筋肉の移植をしたんだ。」


「さぁな、だいたい10人以上は考えていない。

 ここは病院の為死体などは簡単に集めれたよ。

 いつもはチカラを凝縮し、あの姿を保っているが、この状態だと相手ご誰だろうと負ける気がしない。

 これでお前がどんなチカラを持っていようが関係ない、これで終わりだ。」


 古江 恭二は、僕を殺す為に拳を振るう、巨体に似合わない速度で拳が迫りくる。

 人間を殺すには十分な威力、普通の人なら避けなければいけないのだが、でも……僕にはその必要がない。


「残念ながら、貴方の肉体は本物ではなく偽物だ。

 人から奪ったもので僕を傷つけられない、僕は貴方の肉体を否定する。」


 手のひらを前に出し、彼の拳と触れ合った……古江 恭二の右腕は、手のひらに触れた場所からみるみると肉が剥がれ落ちていき、本当の腕が姿を見せる。

 古江 恭二は何が起きたのか理解が追いつかず、自分の腕を見て驚愕する。


「な……何だコレは……どうなっている、お前は一体……何なんだ?」


「さっきも言ってあげただろ、僕はただ否定しただけだって、それよりも思ったよりも細い腕だな。」


「な! クソそれならこれで!!」


 すると古江 恭二は、今度は左手で僕の体を握り潰そうとする、しかし左手は僕に触れた途端、右腕と同じで肉が剥がれ落ちていく。


「そ、そんな!? 何故こんなことに!?」


願望ルビを入力…にばかり頼っているからそうなるんだよ、それじゃあ次はこっちの番だよ。」


 前に一歩進み、彼のみぞおち部分めがけて、力強く殴りつけた。

 銃弾すらも弾きそうな体は姿を変え、細く肋骨が少し浮いている体に拳が入る、古江恭二の体は吹き飛び腹を抑えながら倒れこみ痛みでのたうち回る……少々やり過ぎた。


「がぁ!? ぐ! がぁぁ!?」


「……こういうのを見ると、やっぱり加羅の言う通り日頃から鍛えておいた方がいいな。」


「だからいつも言ってあげているだろ、体を鍛えておけばいついかなる時でも困る事はないんだよ、相手に襲われた時に使うのは知力も必要だけど筋力の方が圧倒的に必要なのだからね。」


 いつのまにか黒布の拘束を解除していた彼女は僕の横に立っていた。


「なんだ体の方はもう大丈夫なのか?」


「君達が長々と会話をしてくれていた間にだいぶ楽になったよ、今度からは薬物にも耐性をつけておかないとね、それにしてもジン、人形憎愛てまた意味のわからない名前を付けたね、もうちょっと何かあったんじゃないの。」


「僕のセンスなんだからそこら辺はいいだろ、で、この後どうするんだ、お前が捕まえるか?」


 すると彼女は欠伸をしながら、手で払いのける仕草をしてきた、どうやら面倒臭いから後は任せたと、言いたいのだろう、仕方ない、一度手を出してしまったのだから最後まで自分で片付けるか。

 古江 恭二の方を向くと、どうやら痛みがまだ残ってるのか、必死に壁に寄りかかりながらコチラを睨んでいた。


「な、何なんだ、お前のチカラは卑怯過ぎるだろ……私のチカラを破壊したわけではなく、無効化するなど。」


「ふう……何度も説明してあげているのだが、僕の願望チカラは無効化なんていう、マンガやアニメの主人公が持ってそうな便利なものじゃない。

 僕は本当にただ否定しただけ、能力名は否定確信、あらゆる事に対して、僕が心の底から間違っている、否定しなければいけないと確信した時に、発動できると教えてあげましたでしょうか。」


「り、理解ができない! ただ否定したということだけで、それが何で私のチカラを無効化など出来るんだ!」


 続けて説明しようとすると加羅が横から割り込んでくる。


「簡単な話だよ古江 恭二、ジンは貴方の肉体改造に対して、その筋肉などは自分で鍛えたものではなく、人の肉体から奪ったもの、つまりは偽物の肉体と感じた。

 それに対してジンが否定する事で、改造で手に入れた肉体はお前の体から剥がれ落ち、元の肉体に、本当のお前の姿に戻したのだよ。

 死人に対しても一緒だ、死んだ人は動いてはならない、安らかに眠りにつかなければいけない、お前に人形の様に動かされてはいけないと、否定する事で彼等を解放したのだよ。」


「そ、そんな事が出来るだと……ならなぜ今まで発動しなかったのだ?」


「簡単な事だ、発動しなかったのではなくて、発動出来なかったんだ。

 僕の願望には色々と条件がある、一つは命の否定は出来ない、これは当たり前だ、僕は神様ではないからな。

 二つめ、否定する事に対して自分の頭で理解し、本当にそれを否定するのかを心に問いたださなければいけない、心が迷う限りは否定はできない。

 そしてこれが一番難しく僕を悩ませている条件だ、三つめ、もし相手が願望を抱くもの、叶えようとする者の場合、何故その者がその様な願望を持っているのかを知らなければならないだ。」


「願望を知らなければいけないだと……!」


「そう、だから僕達は貴方に話しかけ、色々と聞き出した。

 貴方の事、小百合さんの事、そして何故この様な願望を持ったのかを。

 さておしゃべりはおしまいにして、そろそろ終わりにしよう、貴方を捕まえさしてもらう。」


 古江 恭二の場所まで歩いていたが途中で足を止める。

 先程まで拘束されていた筈の加羅がコチラにいるということは……すぐさま、先程まで忘れていたことを思い出し、後ろにさがると、今までいた所に棚が突然落ちてきた。


「危ない所だった、そういえばまだそっちが残っていたな。」


 先程まで加羅を拘束していたが、古江 恭二が痛みに気を取られていたためなのか、それとも加羅に吹き飛ばされたのかは分からないが、黒布が古江 恭二の危険を察知して動きだしたみたいだ。


「まだだ! まだ私は負けていない! まだ私にはこいつがいるのだからなぁ! お前の能力がわかった以上対策はいくらでも立てられる! さあやれ! お前の力で全ての敵を殺せバラ!!!」


 その命令に応答するかの様に、黒布は激しい雄叫びを上げる、さっきの攻撃を見る限り、僕に近づいてはいけない事を理解しているのだとしたら、やりずらいな。

 そして雄叫びが終わり構えた瞬間、黒布は腕を振り回す……ただその腕は僕達を狙うのではなく、黒布の後ろにいた古江 恭二の胴体を引き裂き、上半身と下半身が分断された。


「あ、あれ? お、おい何をしている、誰が、誰がこの私を殺せバラと言った! 早く私の下半身を持ってこい、ま、まだ間に合うから。」


 すると黒布は下半身を持つと、それをさらに引き千切り、古江 恭二の頭を掴む。


「待、て、待て、と言っているだろ! ヤメろ、ふざけるな! 何故こうなる、いやだ!死にたくない、死にたくな……」


 ぐちゃり……酷い音が部屋に鳴り響く、古江 恭二の頭は黒布によって握り潰されてしまう。

 黒布は古江 恭二を殺せたことが嬉しかったのか歓喜の雄叫びらしきものを上げた。


「気に病む事はないよジン、彼は自分でさっき言ってしまったのだから、この部屋にいる全ての敵を殺せとね。

 全くバカな人だよ、あそこで私達を殺せなら死なずに済んだのに、まあ、ああなっては君や私が助けに行った所でどうすることもできないのだから、それよりも今は構えを解いてはいけないよ、私の考えが正しければまだ終わってないからね。」


 彼女は僕を慰めると同時に注意する、確かにまだ終わりではない、もし古江 恭二が死ぬことで黒布も消滅するならそれでいい……だがもし消滅しなければ、黒布は最後の命令を遂行するのではないか……もしそうだとしたら、最後の命令は全ての敵をバラせだ。

 もしこの全ての敵が、僕達だけで済めば良いが、生きる者全てだとしたらかなりまずい。

 どうやら彼女の考えが正しかったみたいだ、黒布はこちらを見ることもなく、古江 恭二の頭のない上半身を僕に放り投げてきた。

 咄嗟に僕は右へ避けると、古江 恭二の上半身が壁にへばりついた。


「んーどうやら、やる気満々みたいだね、さてどうするジン、彼女も否定できるかい? 彼女はひょんなことから体を改造され、しかもしたくもない殺しを命令されている。

 いわば完全な被害者だ、このまま私達が八つ裂きにされて済むならそれでいいのだが、彼女が外に出て他の人に危害を加えるというならかなり大変な事になるよ。」


 ああそうだ、黒布は完全に被害者だ……古江 恭二に作られ、操られているだけの人物だ、本当なら助ける為に、元に戻す為に手を尽くしてやりたいが。


「だが、助ける事は出来ないだろ、僕が否定すれば彼女の肉体は戻る事なくバラバラになってしまう、例え運良く人間の部分だけになったとしても長くは生きれない、だが否定しなければ……」


「彼女が通る道には人の死体で溢れてしまうだろうね、彼女は最後の命令を遂行しなければならない、いかに自分の意思で反対してもそれは無理だろうな。」


 その通りだ、黒布をここで止めなければ、次々に被害者が増えてしまう、例え警察が相手でも黒布を止めるのに被害は避けられない、すると彼女は。


「でもねジン、君の願望は生きている者の否定は出来ない、もし出来たとしたらそれは既に死んでいる者なんだよ……私が出来るなら変わってあげたいけど、今の私では彼女に勝つのは難しい、それならさぁこれ以上誰かを殺す前に、解放してあげてあげないかな。」


「そう……だな、これ以上誰かを殺す前に……止めてあげないとな。」


 覚悟を決め、ゆっくりと黒布に近づく、それに反応した黒布は、距離を取ろうとするがそれは無理な事だ。

 既に黒布は壁際へと追いやられており、武器になる物は周りに何もなく、僕を遠ざける為の手段はない。

 それが分かったのか最後の手段といわんばかりに黒布は僕に襲いかかる、両腕で僕を潰す為に腕を振る。


「グォォォォ!!!」


 最後の雄叫びをあげる……僕はその攻撃を避ける事なく進む……終わらせる為に。


「すまない、僕は今から君を否定する――それに対して許してくれとはいわないよ、だからもう―――おやすみ。」


 僕の手が黒布に触れた瞬間……黒布の体は引きちぎれていく、黒布の体ではなく違う人、もしくは動物が移植されていた部分が、手、脚、体、顔の一部と色々な部分が散っていく、そして元の体の部分が残る。

 残ったのは頭と上半身……殆どの部分は無くなってしまっていたが、かろうじて残った顔が何かを話す為に、最後の力を振り絞ってか唇が動き声を出した。


「あ…………リ、が……とウ。」


 そう言い残すと、黒布は……絶命した

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