ベンガルキャットの恋

増田朋美

ベンガルキャットの恋

猫を飼うというのは、最近ではブームになっているようだ。猫に癒やしてもらうとか、そういうことが、流行っているだけではなく、猫を飼っているということで、なんだか周りの人に自慢したいという気持ちもあるのだろう。時々、そういう気持ちでペットを飼う人がいる。

さて、その日、製鉄所に、変わった猫を飼っているということで、利用者がその子を連れてやってきたのであった。なんでも、猫の種類はベンガルという、ウンピョウをミニチュア化したような、個性的な毛色をしている猫である。なので、ウンピョウというと、大型の肉食動物という印象が強いので、他の利用者は家猫であると言っても、誰もよってこなかった。利用者が、彼女、つまりウンピョウのような猫を自慢するつもりで連れてきたようであるが、これでは何も意味が無いということになってしまうようであった。他の、黒猫とか、アメリカンショートヘアとか、そういう人気のある猫ちゃんであったら、もっとみんな遊んでくれるのかと思うのであるが、ウンピョウのような猫ちゃんは、他の利用者たちも近寄らなかった。

「ただいまあ!」

と言って、杉ちゃんが買い物から帰ってきた。すぐに、車椅子を動かして、製鉄所の部屋の中に入ってきた。すると、小さな、ウンピョウのような猫が、杉ちゃんの前にやってきた。

「お、可愛いじゃないか。なんかウンピョウみたいで可愛い。この子、男の子?」

と、杉ちゃんが言うと、

「ちがいますよ、杉ちゃん。ベンガルっていう、猫の品種ですよ。女の子です。名前はめいちゃんっていうの。」

利用者が説明した。

「へえ、珍しいねえ。そんな猫をよく入手したもんだな。」

杉ちゃんがそう言うと、

「そうなんだけどねえ。誰も寄り付かないのよ。なんかヒョウ柄とか言われちゃってさ。つまらないのかなあ。」

と、利用者は、めいちゃんを抱っこして、嫌そうに言った。

「まあ確かに、ウンピョウは人気の無い動物だ。ミケとか、グレーとかじゃないもんね。」

確かに、杉ちゃんの言うとおりであった。猫というと、日本ではミケとか、トラとか、そういうものばっかりである。

「でも僕は、ウンピョウでも悪くないと思うけどね。確かに気持ち悪いという人も言うかもしれないけどさ。さて、水穂さんにご飯を食べさせなきゃな。」

杉ちゃんは、そう言いながら、台所に移動した。そういえば、水穂さんには、見せてなかったなと思った利用者は、杉ちゃんについで台所に行った。

「ご飯ができたぞ、今日は、そば粉のパンのおかゆだよ。」

杉ちゃんは、水穂さんのそばにパン粥の入った器を持っていく。それに続いて、利用者も、四畳半へ入った。

「ねえ水穂さん、こないだ、猫を飼い始めたいって行ったでしょ、だから、ペットショップで入手した。人気のない猫だけど、しつけもしやすいから、飼いやすいって言われて。」

水穂さんは、利用者にそう言われて、ウトウト眠っていたところから目を覚ました。

「ウンピョウのミニチュア版みたいで可愛いよなあ。」

杉ちゃんにそう言われて、水穂さんは利用者に抱っこされている、小さな猫を見た。みんな、気持ち悪い模様だと言って、近づこうとしなかったのに、水穂さんだけは平気で、

「かわいい。」

とにこやかに笑った。

「えーと名前は確か。」

杉ちゃんが言うと、

「めいちゃんです。」

と、利用者が答えた。水穂さんが、布団に寝たまま手をのばすと、利用者が、めいちゃんをそばへ差し出した。水穂さんはめいちゃんを撫でてやった。意外に、ウンピョウのような見かけをしている割には、人懐っこい猫でもあった。

「それで、お願いなんですけどね。今日の午後から、私、旅行に出ちゃうから、一日、この子を預かってくれないかしら。」

どうやら、本来の目的はそれらしい。なるほど、と、杉ちゃんは、腕組みをした。

「まあ、そういうことでしたら、めいちゃんお預かりしますよ。必要な餌とかちゃんと用意してくれれば。」

と、杉ちゃんは言った。

「僕もめいちゃんには、偏見は持ちません。ウンピョウのような子でも、ペットはペットですし。預かりますよ。」

水穂さんもそう言ってくれたので、利用者は、良かったわといった。

「皆、この子の体の模様が気持ち悪いって言って、誰もよりつかなかったのよ。水穂さんたちだけだわ。受け入れてくれたのは。」

利用者は、嬉しそうに言うのだった。そして、猫の餌と書かれた袋を杉ちゃんに渡して、それでは、旅行に行ってきます!と言って、でかけて行ってしまった。

そういうわけで、製鉄所で、ベンガル猫のめいちゃんを一日預かることになった。運動をさせるために、庭で遊ばせようと、杉ちゃんが、めいちゃんを中庭へ連れて行こうとしたが、めいちゃんは、水穂さんのそばを離れないのである。杉ちゃんが持ち上げようとすると、噛みつくのである。

「あら一体どうしたんだろうな。噛み癖がある猫なのかな。」

と、杉ちゃんは冗談で済ませたが、猫が反抗するのは、なかなか例はなかった。ペットというのは、人間と穏やかに暮らす事を望むと思うのだが。

「庭で遊ばせるより、水穂さんのそばにいて、座っている方が好きみたいな猫だな。」

と、杉ちゃんがそう言うと、ベンガル猫のめいちゃんはやっと納得してくれたようだ。水穂さんの腕を背もたれにするような感じで、丸くなって眠りだしてしまった。「へえ、水穂さんの事、好きみたいだな。女の子だから、人間の男性に恋をすることもあるかあ。」

と、杉ちゃんが言う通り、めいちゃんは、水穂さんの前から離れなかった。かわいいなと、言う雰囲気の猫ではなかった。でも、水穂さんのそばに居たいのなら、そうさせてやろう、と言うことで、杉ちゃんたちはそのままにしておいた。なんだかめいちゃんがいると、ご飯をしっかり食べるようにといっているようなきがしたのか、水穂さんはその時、ちゃんとパンを食べてくれた。それだけでも、ウンピョウが、役に立ってくれていると杉ちゃんは言った。ご飯を食べたあと、水穂さんはよく眠る。それでも、小さなウンピョウは、水穂さんのそばを離れなかった。水穂さんの方も、眠りながら、めいちゃんの体に右手を乗せたままでいた。杉ちゃんもやれやれと言いながら、縫い物のしごとの続きに取り掛かった。杉ちゃんも他の利用者も、午後はそれぞれの仕事をしていたのであるが、水穂さんの事は、どこかへ忘れていた。

不意に、居室で勉強をしていた利用者が、不意に、足をなにかに噛まれたような気がして、キャッと言った。

「ちょっと、なによ。人の足噛んで!」

女性利用者は、それを払いのけようとするが、めいちゃんはしつこく噛み付いた。

「何よこのウンピョウみたいな猫!」

その利用者は、めいちゃんを叩こうとしたが、めいちゃんは、ニャン!と強く訴えるように、言った。もし、人間の言葉が使えたら、何を言うのか、それは、不思議なところだった。

「何よ。気持ち悪い模様をして!」

と、別の利用者が言うが、めいちゃんは、ニャン!ともう一回言って、四畳半へ向かって歩いて行った。杉ちゃんが、もしかして、なにか言いたいのかもしれないと言って、彼女について行った。すると、四畳半には水穂さんが、激しく咳き込んで、また畳が真っ赤に汚れていた。

「あ、もう!またやったな。張替え代がたまんないよ。」

杉ちゃんがそう言うと、別の利用者もいやいやながら、汚れた畳を雑巾で拭き始めた。それを、小さなウンピョウのような猫は、監視する人みたいに見つめていた。その目つきがあまりに真剣だったので、彼女は、やっぱり、水穂さんに恋をしているんだよ、と杉ちゃんはカラカラと笑った。

とりあえず、水で濡らしてふやけたようになってしまった畳に、小さな猫のめいちゃんは、それを塞ぐように横になった。

「そうかそうか。そこまで、お前さんが、水穂さんの事を、好きになってくれてありがとう。」

と、杉ちゃんが、めいちゃんを撫でてやると、

「ニャン!」

とめいちゃんは、可愛らしく鳴いてくれた。それでやっと、ペット猫らしい鳴き方だと、皆思った。

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ベンガルキャットの恋 増田朋美 @masubuchi4996

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