最終夜 さらばスナッキーな夜、常松よ永遠に! 第2話 ツネマーと賢者の石

 “虎穴に入らずんば虎児を得ず” という諺を実践するかのように、常松は決戦の地へと足を運んだ。


―スナック不二子―


 キョーレツなママが君臨する聖地だ。


 その店のドアを静かに開けて店内に足を踏み込む。

休日前とあって、カウンターは半分ほど埋まっていた。


(これはラッキーだな)


 常松は面と向かってママの名前を聞くのはかなり恥ずかしいと思っていたから、他の客がママに声をかけるときに名前を呼んでくれるのではないかと期待する。


「いらっしゃ~い♡」ママの声が店内に響き渡る。


「あら~♡常ちゃん、やっぱりいらっしゃってくれたのね~」


(やっぱり?? やっぱりって、どういう意味だ??)


「もうすっかり♡お常連の予備軍って感じね〜」


(予備軍……って、常連じゃないんだ)


「こちらへど~ぞ、お真ん中よ~♡ あっ、間違えちゃった、ド真ん中よ~」


(早速、これだよ)


 ママの先制攻撃が炸裂し、吸い寄せられるようにカウンターのド真ん中に座った。

本来、ド真ん中の席は嫌いなのだが、今更、席を移動したいとは言いづらい。


「常ちゃんは、たしかオッシャ~だから、バーボンだったわね」

「オッシャ~ではないけど、たしかバーボンを入れたと思うよ」

「あったわ~」ママは棚に並んだ数々のボトルの中から常松がキープしたボトルを取り出した。


「さすが、常ちゃんのボトルね~。気のせいか、このボトルまでオシャレに見えてきちゃうわ~♡私もこんなのをいれたいわ~♡」


(見えてこないっつーの!)

(あと、意味深だっつーの!)


 ママはボトルの名札を見て、ハッ!とする。

「あっ、お名前間違えちゃったわ~、どうしましょ~」

「えっ、何か間違ってるんですか?」

「間違っちゃったのよ~、お名前が~、私としたことが、ごめんなさいね~」


 ママが申し訳なさそうに常松に手を合わせているが、何が間違っているのか見当がつかない。

「名前が・・・ですか? いや、間違ってませんよ」


「“常ちゃん”じゃあなくって、ツネマーだったのよね~! 呼び名を間違えるなんて、私って最低ね~。これから気をつけますぅ♡」


(おいおい! その恥ずかしい呼び名はやめろーー! 常ちゃんに戻してくれー!)


「ホント、ごめんなさい! ツネマー♡」


 ツネマー、もとい常松は空いた口がふさがらずにいた。


「私って、ウッカリさんだから〜♡許して〜♡せっかくの素敵な名前を忘れちゃうところだったわ〜」


(俺の呼び名のことはもういいっつーの! ママの名前が知りたいんだけどなー)



「あれ~、俺ってそんな変な名前で呼ばれてましたっけ?」

「あれ~じゃあないでしょ~、せっかくラブリーな呼び名をつけたんだから」

(ラブリー……じゃあ……ねえだろ)


「あっ、ツネマー! 来てくれたのね~」香奈ちゃんが声をかけてきた。


(思いだした! この子が妙なあだ名をつけた張本人だったよ)


 香奈ちゃんは若くて可愛らしい子なのだが、天然系でつかみどころがない。でも、だからここのママと反りが合うのだろう。


「名付け親の登場よ♡ 良い呼び名をつけてくれたんだから、一杯ご馳走しなさいよ〜」


「あっ、香奈ちゃん! この前はどうもね。じゃあ、一杯どうぞ」

「ありがとう~、さすがツネマー♡ 優しいのね~」

「香奈ちゃん良かったわね~、じゃあ、私も一杯ご馳走になるわ~♡」


(おいおい、お前もかよ!)


「はいはい! ママも一杯どうぞ」

「じゃあ、乾杯しましょ♡」ママは2人分の水割りを手際よく作る。


「それじゃあ、今日もひとりで淋しいツネマーに♡ カンパ〜イ♡」


「!!! ちょっとちょっとぉー! 何に乾杯しちゃってるんですかー!」


 入店して早々、すっかりママのペースに引きずり込まれてしまう。


(これはマズイなー。想像以上に手強いぞ。こんな調子でママの名前をゲットできるのか?)


 まるでスライムが魔王に挑むようなレベル格差をはね除けて、ママの名前をゲットするには賢者レベルの策略が必要になりそうだ。


 常松は無駄に思う。


(俺って賢者の石とか、なんかそんなアイテムとか、持ってなかったかな〜?)


 もちろん、そんな物があるわけないが、例え実在したとしても『ドラ○もんがいてくれたらな~』と考える小学生レベルの男には保有できはしない。

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