第3夜 DRAMATICでDRASTIC!第4話 ピーチとゴールド
タクシーの運転手の絶妙な登場によって助けられた辻野はウイスキーを一気に飲み干した。
「プフぁーーー! 危ないところだった!」
「お前はホント凄い奴だなー」常松はあきれ顔でグラスを口に運ぶ。
チーママの里奈ちゃんと金太郎似のママは、ゴルフ大好きサラリーマン二人組を見送りに店外へ出ている。
「しかし、ママはいつ見ても金太郎みたいなんだよな」辻野がボソッと呟いた。
(確かにどこかが金太郎みたいだよな)
辻野のつぶやきに反応した常松も、そう思うのだが恐ろしくて声には出せない。
「お前、そんなこと言ってると、今度は張り倒されるぞー!」
「ホント、マジであのママは怖いんですよねー」
「ですよねー、じゃないっつうの! お前がママに思いっきりマークされてるおかげで、こっちも落ち着いて飲めないじゃないか!」
「俺だって金払ってる側なのに、なんで、こんなに怒られなきゃいけないのかわからんのですよ!」
「お前が“金太郎”とか陰口たたくからだろうが! どうせなら“桃太郎”にすればよかったんだよ」
「なんで“桃太郎”なんですか?金太郎とあんまり変わらないでしょう?」
「お前はわかってないなー。マサカリかついでる奴より桃から生まれた奴の方が可愛らしいだろう! 名前も“桃”だぞ。英語で言うとピーチだよ。マリオのお姫様の名前だって“ピーチ姫”っつうくらいで可愛らしい名前なんだよ! “金太郎”とじゃあ、可愛らしさがまったく違うだろう!」
「なんすかー? それ? 英語って。“金”だって英語でゴールドですよ。ゴールドの何が悪いんですか?」
「マリオにゴールド姫なんてのは出てこないんだよ! だいたい、金、金って、金の亡者みたいな感じでイメージも悪いんだよなー」
「そんなこと力説されてもラチがあかないっすよ! それじゃあ桃太郎って呼べば、あのママの怒りが静まるってことですかー?」
「おいおい! そうでなくて、桃太郎の方がマシだっつう話だよ!」
「じゃあ、何れにしろ怒られるんじゃないっすか!」
「ないっすか、じゃなくて、元はといえばお前がデリカシーに欠ける発言をするから、こんなことになってるんじゃないのかよ!」
「“こんなこと”って、バイオハザードみたいに、この街がゾンビだらけになっちゃった訳じゃあないでしょ。あのママに噛みつかれてしまうとT-ウイルスに感染して金太郎化しちゃうってことではないでしょう?それに比べたら、全然たいしたことじゃあないっすよ!」
二人の会話は、最早、小学生レベル以下に陥っていた。
さらに、その低能な会話はエスカレートしていく。
「そりゃあ、この街がT-ウイルスによって壊滅するなんてことがあるわけないよ。
でも、お前も俺もS-ウイルスにやられてるかもしれないな」
「なんですか?そのS―ウイルスって??」
「S=スナックだよ。スナック・ウイルスだよ」
「カッコわるーーーーっ! スナック・ウイルスって、めちゃめちゃカッコ悪いっすよ! そんなウイルスに侵されたなんて、恥ずかしくて言えないっすよ!!」
「でも、お前もこの店にはまってるっぽいし、スナック・ウイルスに侵されてるって思われても仕方ないんじゃないのー?」
「いやいや、俺はそんなにオヤジじゃあないっすよ! 常松さんほどじゃあないっすからね。だいたい、そんなカッコ悪いウイルスにはやられないっすよ、俺は!」
「なんだとー! 俺の方がスナック中毒で、オヤジだっつーのかよ! んじゃあ、お前は何かが違うのかよ」
「いやいや、俺の場合は、Sじゃなくて、あえて言えばC-ウイルスですよ!」
「C-ウイルス?」
「そう! C-ウイルス。C=キャバクラですよ。キャバクラ・ウイルス」
「そっちかよ! そっちにしてもカッコ悪いっつうの」
「・・・・・・・・たしかに」
「そういえば、川崎にある俺のクライアントの営業部の連中は全員P-ウイルスに侵されまくりだったな」
「P・・・・っすか? P=パイパニック・ウイルスとかですか?」
「それは、O-ウイルスだよ!」
「・・・・・・・・あー、そっか!オッパブ・ウイルスですね」
「O-ウイルスも“あれ”だけど、P-ウイルスは、かなり恐ろしいぞ!
そのクライアントの営業部全員があっという間にP-ウイルスにやられてしまったんだよ。俺もその営業部の夕方からの定例ミーティングに参加することがあるんだけど、そのあとはだいたいPパブに連れていかれるんだよ。でも、俺の場合はPには拒絶反応が強いらしく、まだそのウイルスには感染してないんだよね」
何がO-ウイルスの“あれ”なのか?よくわからない。しかし辻野は、常松が自慢げに語る恐怖のP-ウイルスに興味津津であった。
「えええーーー! そんなにヤバイんですか、そのP-ウイルスは?」
「そうなんだ。P―ウイルスとは、フィリピンパブ・ウイルスの略だ」
「うあぁーーーー! ついにでましたね。最強のウイルスが!」
「そうなんだよ。モテない男の楽園と呼ばれるフィリピンパブ。そこにモテない男が足を踏み込むと大変なことになってしまうんだよ」
「もしかして・・・・というか、モテていると錯覚を起こして、はまりまくってしまうってやつですか?」
「その通り! 俺のクライアントの営業部は、そんな訳で全滅したんだよ。あっ、1人を除いてね」
「そのウイルスから逃れた人は、何故、侵されなかったんでしょうか?」
「その彼は唯一、社内に彼女がいる男なんだ。だから皆、気を遣って彼をPパブには誘わなかったからではないか、と言われているんだよ」
「そんな単純な理由だったんですか!」
「確かに単純な理由だよな。しかし、その彼を研究すればP-ウイルスに対抗するワクチンの開発が可能になるかもな」
「なるほど~。じゃあ、この店の“金太郎ウイルス”に対抗するワクチンはあるんでしょうか?」
「この店の“それ”は、ウイルスではないな」
「では、いったい何なのでしょうか?」
「あれは、憑き物の一種なんじゃないだろうかと俺は思っている」
「!!! ということは、コックリさんとかキツネとか、何やらそんな恐ろしいものなんでしょうか?」
「その通り! あれは、おそらく“金太郎憑き”だろう」
常松が調子に乗って、そう口にした瞬間、二人は背後にものすごい闘気と殺気の入り交じった禍々しいオーラを感じた。
「だ~れ~が~金太郎憑きだってぇぇーーーー!」
待ってましたと言わんばかりに、満を持して登場したママは、鬼ではなくて、金太郎が怒り狂ったような形相で、二人を睨む。もう、すんごい睨んじゃっている。
しかし、二人は金太郎が怒りくるう形相をみたことがない。否、本物の金太郎すら見たことがない。
おそらく誰もが見たことないのだろうが、なんとなくそんな感じだと思われた。
そして、金太郎ママのその睨みがさらに強さを増すと金太郎を通り越してしまい、ギリシャ神話に登場するメデゥーサのような形相で睨みまくる。その睨みは、二人とも石にされてしまうのではないかと錯覚を起こすほどの目ヂカラである。
あと、もう数分で時間切れとなり石になってしまうのではないかと思われた、その時、女神が現れた。
もしくはギリシャ神話でいえば勇者“ベルセウス”といったところであろうか。
そのペルセウスは、シンプルだが強力な呪文を唱える。
「ママー! ドードード〜ゥ。はーい、平常心、平常心。落ち着いて~、この方たちはお客さんですよ~」
しばらくすると、ママが正気を取り戻す。
「あら、里奈ちゃん。私は大丈夫よー! だいじょうぶ! 正気だから」
ベルセウスの正体は、チーママの里奈であった。
常松と辻野は間一髪のところを里奈に救われたのであった。
「チッ! てめえら間一髪のところを救われたなー!」
ママは、我に返っ……てはいないっぽい捨てセリフを残すとカウンターの奥にあるバックルームへ入っていった。
「里奈ちゃん、ありがとーーーう!」
涙目になっていた辻野が、情けなさそうな声を出した。
それを見ていた常松は、笑いながらツッコミを入れる。
「おいおい、お前、カッコ悪いなー」
「常松さんだって、恐怖で凍りついていたじゃないですか」
「俺は冷静に対処しようとしただけだよ!」
「またまたー、常松さんの震えが俺に伝わってきましたよー」
「また? お前の股が震えて縮みあがってたんじゃないのー」
「股は縮まないですよ! 常松さんこそ、股にぶらさがってる自慢の凶器が縮みあがってたんじゃあないんですかー?」
「お前の粗チ○と違って、俺のトマホークはこんなことで縮みあがるわけないんだよ」
「だいたい、常松さんが“金太郎憑き”とか言うからこんなことになったんじゃないっすか!」
「なんだとー! お前もノリノリでそうくるのを期待してたんじゃないのかよ!」
「ちょっとー! 喧嘩は外でやってもらえますかー?」
二人のくだらない口喧嘩にあきれた里奈が割って入る。
すると、里奈のセリフを聞いた金太郎ママが再び登場。
「他のお客さんに迷惑ですから、出て行ってもらえますかー? でないと、警察呼びますわよーーー!
早く、出ていってー! あっ、もちろん飲み代はおいていってくださいねー!!」
「えっ?」
「それって、もしかして帰れコール? ちょっと、里奈ちゃん、それはないよねー」
辻野の哀願に笑顔で答える里奈は、伝票を差し出す。
「ハイ、ありがとうございます。お勘定はこちらになります」
それから10分後。
常松は飲みが足りていない状態で、駅のホームに立つと心の中で呟いた。
「あの金太郎、ふざけやがって! あんな店は二度と行かねえぞーー!」
おそるべしスナックミホーク。
(第3夜 終わり)
※メデゥーサ・・・ギリシャ神話に出てくる三姉妹の三女で、髪の毛が毒蛇になっている。見た者を石に変えてしまう魔物。
※ベルセウス・・・ギリシャ神話に登場する英雄。ゼウスの息子とされる。メデゥーサの首を切り落とした。
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