第1夜 初体験 第2話 スナック不二子
常松は、会社を出ると疲れている割には軽快な足取りで地下鉄に乗り、目的の店があるS駅で降りた。
改札を抜けて、Barフェラー.......ではなくて、フェローズへと足を運んだ。
―本日、臨時休業―
しかし、やっと辿り着いた店は運悪く休みだった。
「チェッ! ついてないなー」思わず不満を声にする。
(こんなところまで歩いてきて休みかよ。まいったなー。駅から15分も歩いたのに)
ついてない時というのは、とことんついていないものだと思いながら、来た道を逆戻り、しばらく歩いて、ふと見上げると、いつもは大して気にもとめないネオンサインが目に飛び込んできた。
― スナック不二子 ―
ふと見上げたネオンサインは、オヤジたちの憩いの酒場といわれているような、実はそれほどいわれていないのだろうが、どこの町にもありがちなスナックの看板だった。
常松は独りでスナックに入ったことはなかった。過去にも先輩や上司に無理やりに連れて行かれたことはあるものの、自ら進んで行きたいと思ったこともない。
そもそも社会に出た頃までは、スナック、キャバレー、パブ、キャバクラ、ナイトクラブといった店は、それぞれ何がどう違うのかさえわからずにいたし、未だにそのあたりの区別はよくわからず曖昧ではあるが、スナックは健全な部類の飲み屋であることは理解していた。
そんな常松が、看板に吸い寄せられるかのように店の入口に近づいて行く。
いかにもという感じの“不二子”という店名は、この店のママの名前なのだろうか。
「こういう店って、どうなんだよ!?」
常松は、何がどうなんだかよくわからないセリフを吐くと、エイヤー!的な勢いでスナックのトビラを開いた。いつもの常松なら躊躇して開けることはないであろうスナックの扉は、中途半端に重厚感があり、いろんな意味でとても重く感じられた。
「いらっしゃ~~~い」想像通りの女性の声。
店内は、いかにもといった少し暗めの照明で、店のほとんどがカウンター。
そして少し狭そうなボックス席が2つほど並んでいる。
カウンターの向こうに“不二子”……いやいやママらしき、ちょっとハデめの、ちょいぽちゃだが激烈に巨乳な女性と、いかにもバイトしてます的な20代後半くらいのOL風の女性が立っている。
「いらっしゃ~~~い」の声は、たぶんママらしき女性の声だろう。
「どうぞー。お客さん、おひとり?」
(見ればわかるだろう……というのは、某CKBの歌の歌詞にあったよな)
「はい、おひとりでした」
ツッコミを考えながら答えたら、思わず、妙な日本語になってしまう。
(おいおい、自分のセリフに“お”をつけちゃったよ。しかも過去形になっちゃったし。ヤバーー、カッコ悪すぎだ!)
「ウフフフフ、面白い方ね。そんな返答する人って、この店では珍しいわね。さあどうぞ~、今日はすいているからお好きなところに座ってね」
(ヤバイ! こういう店に慣れていない奴だと思われてしまうぞ。平常心でいかないとな)
常松は、緊張を隠しながら恐る恐るカウンター中央の席についた。
ふとカウンター右奥を見ると、女性の独り客が見えた。しかも、意外にイイ女っぽい雰囲気だ。
(こんな店にも女のひとり客が来るんだな。30歳前後のキャリアしてますって感じだけど。
ああいう女は、自分はイイ女だと思って生きてるんだろうなー。中途半端に声なんかかけたら冷た~い目で睨まれて、シカトされちゃうんだろうなー)
「美人に見とれているところ悪いんだけどぉ♡」
突然、ママらしき女性の声が耳に入ってくる。かなり鋭いツッコミだ。
鋭い云々よりも、見惚れていると思われていることが恥ずかしい。
「えっ! 見惚れていたわけじゃあないっすよ」
「仕方ないわよ~。イイ女に目がクギ付けなんて〜、この店のお客さんのほとんどがそうだから。
もちろん、ワ♡タ♡シにクギ付けなんだけどね!」
(お前にかよ!! おいおい、そうくるのかよ!)
一応、初対面の女性なので、心の中でツッコミを入れてみたが、そんなどうでもいい配慮が常松のわかりづらい優しさでもある。
「もう、ママったら、ま~た、はじまったわー。お客さんの目が点になってるんですけどぉ」
バイトらしき若い方の女性がツッコミを入れた。
(やっぱり、ママだったのか)
「あら、香奈ちゃん、人聞き悪いこと言わないでよ〜。この店のお客さんは、みーんな私の大きなオッパイに目が釘付けになるんだから~♡」
ほぼママ確定と思われる女性は、そう言って両方の大きな乳房を下から持ち上げて挑発的なポーズをとる。
常松は、あいた口がふさがらない状態に陥ってしまう。
(つづく)
~次回予告~
アルバイトらしき若い女性の名前は“香奈ちゃん”であることが判明したものの、ママの名前は未だ謎のままである。
はたして、店名と同じ“不二子”というのだろうか?
そして、あいた口が塞がらない常松は、無事にお酒を飲むことができるのだろうか?
さらに、カウンター奥に座る謎の女性は、どう絡んでくるのだろうか??
次回、物語はいよいよ、無理やりなオチへと向かう!.........かもしれない。
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