第1夜 初体験 第3話 馬場のトランクスの色

 ママのお色気ギャグが店内に炸裂するが、初心者丸出しの常松は空いた口が塞がらなくなるような戦慄を覚えていた。

そんな初心者丸出しの常松を哀れだと思ったのか、若い方の女性、香奈ちゃんがママにツッコミを入れる。


「ほらほら、お客さんの口が開けっ放しになっちゃってますから~。可哀相でしょう」


(香奈ちゃんに“開けっ放し”とか言われちゃってるよ。別に、股間のチャックが開けっ放しじゃあないんだから、放っといてほしいなー)


 常松は、そう思いながらも不安になり、誰にも気づかれないように下半身のチャックが閉まっているかを確認する。


(セーフ!)


「おバカな会話はこのくらいにして……“はじめまして”ですよね?」


 常松の股間のあたりをチラ見しながら、ママが笑顔で問いかける。


(アウトだったかも!)


「(アウトだけど)はじめてだよ」

「こういう店って、よく行かれるんでしょう? 普段はどちらで飲んでいらっしゃるの?」


(んんーーーっ!? 俺って、そーんなにスナックをあらしまくっているオッサンに見えるのかよ?)


 思わずショックを受ける常松であったが、そんなショックを隠しつつ否定を試みる。


「いやーー、こういう店って初めてなんだよねー。普段はカウンターBarで飲んでるしね」

「あら? いつものオシャレ~なBarじゃなくてごめんなさいね」

「!! いや! 別にこの店が悪いと言っているわけじゃあないですよ」

「ウフフ…このお店だって、洒落たカウンターBarと大してかわらないのよ。ねえ、香奈ちゃん」


 “不二子”らしきママは、バイトらしき香奈ちゃんに同意を求めるように、そしてちょっと悪戯っぽく言った。


「もちろん、うちはオシャレなお店ですよーーー」


「ほら~、若い香奈ちゃんだってオシャレなお店だって言ってるわよ~。強いて言えば、オシャレなBarとの違いは、こ~んなにイイ女が二人もいるってことかしら〜♡」

「そうそう、こ~んなに美人のスタッフが二人もいるオシャレなBarなんて、なかなかないわよねー、ママ♡」


「ちょっと、ちょっと、ここがオシャレでないとは一言も言ってないでしょ。ところで、やっぱりこういうオ・シャ・レな店ってボトルとかキープした方がいいよね?」


 “どうだー”的な口調で反撃開始。


「あら、ごめんなさいね。やっぱり、うちはオ・シャ・レな店だから、ボトル入れていただいた方がお得ですよ〜。ねえ、香奈ちゃん!」

「ですよねー。うちみたいにオ・シャ・レで良心的なお店の場合は、焼酎かウイスキーのボトルを入れて、オ・シャ・レな感じで飲んでもらった方がいいですよねー、ママ♡」

「そうそう、オッシャーー! な感じで飲んでほしいわ・よ・ねーーー!」


(もう、いいっつうの!)


 常松の中途半端な反撃は、見事に何十倍にもなって跳ね返されてしまった。

勝負球を軽々とスタンドに運ばれてしまった投手のような気分だが、最早どうでもいいやー状態で酒を注文する。


「じゃあ、ウイスキーのボトルにしようかな。俺はダサイから一番安い奴でいいよ」

「ええーっ! お客さん、イケメンなのにダサイんですかー?」


(おいおい!!! ん!? 俺がイケメン?)


「おおー! マジで? 俺ってイケメンの部類だと思うの?」


 香奈ちゃんのやけに素の本音っぽいセリフに思わず本心を声に出してしまう。


「だって、モテそうに見えるんですけど~」


(けど? “けど”のあとは何? 何を言うのかな? この子、いや香奈ちゃん、いや香奈様は、真面目にイケメンだと思ってるのか? たぶん、そうだろう。

もう俺、チョー浮かれてしまうなー。俺って、若い子にもウケがいいんじゃないの?? やっぱり、俺はまだまだ中年のオッサンじゃあないよな!)


 ほんの数十秒前までの“どうでもいいやー状態”とは180度も転換しちゃった常松は、浮かれに浮かれまくってしまい、その辺りによくいる残念な奴=モテない奴と化していた。

当然、プレゼンで負けて憂鬱だった気分は、南半球の遥か彼方まで吹っ飛んでしまい、妙な浮かれ気分のオーラをまとってしまう有様。

そんな残念なトランス状態に陥ってマヌケ顔をしていると、ふと、カウンターの右奥から突き刺さるような視線を感じた。


(ヤバッ!! そういえば、女の客がいたんだった。しかもイイ女っぽいのが!

もしかして、俺のニヤけたマヌケ顔の一部始終を見ていたのかー!?

これは、かなり恥ずかしいぞ!)


 残念面≪ざんねんづら≫の常松は、おそるおそる右奥をチラ見した。


(やっぱり!! なんだか半分バカにしたような、呆れた表情でこっちを見てるよ。

俺も俺だよなー。何を思いあがって、あんな小娘のセリフに反応してニヤけまくってしまったんだろう。

俺って、チョーマヌケだ!もの凄ーく恥ずかしい!

ホント、恥ずかしすぎる!!)


 全盛期のジャイ○ント馬場のトランクスのように真っ赤になった常松は、恥ずかしさの極致に達していた。


 恥ずかしさには単位がないので、どれくらい恥ずかしいのかを数値では表しにくいが、あえていえば、恥ずかしいと穴に入りたくなるので、その“穴があったら入りたい”穴に1000回は入らないと羞恥心が消えないほどの恥ずかしさであった。

つまり、恥ずかしさのレベルは、1000穴に達していたのだ。


 そんな1000穴くらいの恥ずかしさの中、常松は思う。


(こんなに恥ずかしい気持ちは何年ぶりだろう? 穴があったら、入り・・んっ?

あっ、よく見ると、穴だったら、ここにいいのが3つもあるな…………)


 残念面の常松は、極度の恥ずかしさと緊張感から、穴があったらいれたくなってしまっていた。

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