冬のぬくもり

 灰白の空から雪が舞う。

 だが、その雪は以前よりも小さく儚い。

 うっすら染まった大地。木々の向こう。見下ろすなだらかな平野の奥には海が広がっている。

 はらりはらりと雪が舞う中に冬の君は佇んでいた。

「終着にございます」

 枝に止まっていた鴉は告げる。

「その瞳に映る彼の地にも貴方様の恩恵は届き、冬は運ばれました」

 灰白の瞳は静かに雪降る世界を見下ろす。

 木々の緑に白が重なる。海に近い場所、開かれた平野にはいくつかの屋根が見える。そこにも白が重なっていく。

 冬は訪れ、そこに住まうものたちに休息と眠りがもたらされる。

「この地は最後。貴方様の恩恵は短くありますが、それでも運ばれました」

 しゃがれた声は続けた。それを最後にしばし静寂が辺りを包み込む。

 ばさりと羽を打つ音が静寂を裂く。

 ちらつく世界に黒い姿は舞い降りた。

 薄く積もる雪の中に。最初に出会った時のように。

「私の案内もここまでにございます。短くも長い旅路。案内役を担えたこと、光栄に思っております」

 冬は鴉の言葉を静かに聞いていた。

 漠然と胸の奥に暗く重いものを募らせながら。

「冬の君」

 鴉は呼び掛ける。

「どうか、その白き腕にて眠らせてください」

 灰白の瞳は見開かれる。眉根を寄せて、一歩足を退く。

「案内をするものの最期はここと決められております。慈悲と誉を。どうか」

「な、ぜ?」

 言葉は上手く繋がらず、一音ずつの問いを向ける。

「定めであり運命です。移ろう季節。生あるものの行く末。私は、ここで眠りたく思います」

 淀みなく紡がれたそれに理解ができず、視線を彷徨わせる。だが、周りには誰も何もなく雪がか弱く舞うばかり。すがれるものなどありはしない。

 戸惑う姿に息を細く吐く。黒い体から白い息が現れて、消える。

「冬の君……いつかは終わりを迎えるのです。私はその終わりをここにしたく思い、仰せを受けました」

 鴉は目を伏せた。

 案内役は毎年一羽。必ず一族から選ばれた。共に歩むものは最期を迎える。

 悲嘆はない。受け入れるものは皆、それが誉だったのだから。

「私は……巡る季節でも冬が一等好きでした。白く咲き誇る六花。音は失われ、全てが染まる静寂の世界。眠る為のこの季節を愛しく思っております」

 再び開かれた瞳は穏やかな色に染まっていた。

 逃げ惑うように冬の瞳は揺れて、それでも黒曜石の瞳の変わらぬ意思を悟ってしまう。

 そして、それが自身の役目でもあるとも。

 顔を歪め。諦めたように目を閉ざした。

 歩み寄り、膝を折る。

 伸ばされた腕に鴉は喜悦に微笑んだ。

 白花の衣に黒い身体が埋もれる。

 緩やかに訪れる寒さは眠気も伴う。そこに恐怖などはなく、安らかな微睡みだけ。この寒さこそ冬のぬくもり。

「ありがとう、ございます」

 鴉は囁くように感謝を述べた。

 冬は答えることなく、緩やかに炎が弱まる姿を見つめていた。

 命の炎が消えるまで。





 漆黒の帳から雪が舞う。

 しんしんと降り積もる雪は訪れた時よりも僅かに厚みを増していた。

 冬の腕にはなにもない。

 案内役の鴉は白い花に埋めた。

 春がきて、花が溶け、いずれ土に還る。

 それが世の理。巡り続ける時間と季節。始まりがあれば終わりがある。生あるものはいずれ永久の眠りに還る。

 何も持たない冬の君は空を見上げる。

 か弱い雪が舞い降りる。

 歩み出した頃、雪は大輪だった。世界を埋め尽くす大輪の六花。全てを消し去る静寂。今はその全てが弱い。

 ここは南の地。冬の始まりは遅く、終わりは早い。

「巡り続ける」

 か細く呟くそれは雪の隙間に消えていく。

 すがめられた目は遥かな先を見つめる。

「私は……」

 言葉は途切れて続くことはない。

 そして、緩やかに閉じられた眦から雫が一つ。伝い落ちた。


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