眠りの季節
雪が降る。
草木にも雪は積もり、時折その重さに耐えきれなくなった枝葉がしなり、雪を溢していく。
冬の旅路は緩やかだった。
案内の鴉は進んでは枝に止まり、冬の様子を見てはまた飛び立つ。
「何故、貴方なのですか?」
時折視界に入る程度に弱った雪の中で冬は問う。
枝に止まっていた鴉は首を傾げた。
「と、言いますと?」
「貴方は飛び、私より先に進める」
振り返れば白い世界にうっすらと浅い足跡が残っていた。
あれから幾度かの昼と夜を繰り返している。それだけの道を進んできた。けれどもそれは冬の歩調による進み具合でしかない。
鴉は目を細める。
「我が一族は導くことを昔より仰せつかっているのです。この役割は誉」
「誉?」
「確かに。使いならば鹿のものたちも適任でしたでしょう。あれらは地に足をつけ、共に歩むこともできます。なれど」
そこで鴉は一度嘴を閉ざし、その瞳も閉ざした。
「お側に、あまりに近すぎてしまう」
灰白の瞳は丸くなる。
近すぎてしまう。その意味を測りかねる。
「貴方様は冬の君。冬そのもの。この地に生きる多くのものは貴方様と共に訪れる寒さに弱くある」
そう続けると首を巡らせる。視線が止まり、とある木を翼で指し示した。
大きい木だ。そこに小さな隙間がある。
近寄ってそっと中を覗き込むと、細い枝と葉に包まれた褐色の小さく丸いふわふわしたものがあった。
「何が見えますか?」
「小さい毛玉のようなものが」
「この辺りならば山鼠でしょう」
鴉は枝から離れることもなく答える。
「生き物は命の炎を持ち得ます。炎の熱を寒さは弱らせてしまう」
視線は山鼠へと向けたまま冬は話を聞いていた。
小さな毛玉はよくよく見れば微かに動いているようだった。しかし、その変化はよく見ないと分からないほどだ。
「……何故、私はここに在るのですか?」
視線を鴉へと向ける。
ここに至る道中。生き物にはほとんど出会すことはなかった。時折、空に鳥影を見るか。なにかしらの足跡を見つけるに留まる。
鴉はしばし沈黙していたがようよう嘴を開いた。
「春に産まれ落ち、夏に育まれ、秋に実り栄える。貴方様の訪れまで生き物は皆、絶え間なく活動しています。冬の君。貴方様は休息の季節なのです」
黒の瞳は真っ直ぐに見つめる。
「安らかな眠りの季節。貴方様もまたなくてはならない存在にほかなりません」
その言葉を飲み下そうとして冬は微かに首を傾けた。長い髪がさらりと揺れる。
鴉はふいに空を見上げた。また雪の降りが増したように思えた。
「参りましょう。道はまだ半ばにございます」
冬は丸くなる山鼠を今一度見つめる。
やはり、動く気配はなかった。
「分かりました」
踵を返す姿に鴉は一度羽を打ち、降り積もった雪を払った。
静寂の中を冬はまた歩き出した。
その白く、幻のような背を見つめた鴉は羽ばたくと一度だけ行き先を変えた。
先ほど冬が覗き込んでいた木。隙間の縁を器用に掴み、中に視線を落とした。
冬支度をしっかりこさえた山鼠の巣。ふわふわとした体毛に包まれたそれは動かず、冷たい空気がその中に留まっている。
一度瞑目し鴉は飛び立った。
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