第171話「互いに相手の意をくみあって」

「互いに相手の意をくみあって許し合うときには、互いによい結果を得ることができる。しかし、互いに自分の考え方や立場に固執してあらそうときには、互いに道理をそれてしまう」

と、彼はこういって、この話をおしまいにした。そして、

「ぼくはいままで、こんなことをいったおぼえはないよ」

と言った。彼は、ふだんからお説教をたれるほうではなかったが、きょうは格別におとなしかった。

「じゃ、どうしてそんなことをいうようになったんだね?」

「それは……」

言いかけて、彼は口をつぐみ、しばらくだまっていたが、やがて、

「それは、あの子のためさ」

と、ささやくようにいった。その声には、何か深い悲しみのひびきがあった。

「だれのことだい? だれの子なんだ?」

「ぼくの子供だよ」

と、かれは答えた。

「きみにも話したことがあるだろう。ぼくには子供が二人いるんだよ。いちばん上の子はもう大人になっているけれど、二ばんめの子は病気で、まだ寝ている。ぼくはその子のことが心配なんだよ」

「でも、きみは結婚したんじゃないのか」

「結婚なんかしないよ!」

彼の顔色がサッと青ざめた。

「ぼくはまだ独身だ。むろん、法律上では結婚していることになっているがね。でも、それは事実じゃないんだ。ぼくたちは……その……なんというか、とても仲がよくてね。それで、いつもいっしょにいるんだよ」

かれの顔色はますます蒼白になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る