第106話「年年歳歳」

こなす仕事は同じでも、年年歳歳、携わる人の顔ぶれはすこしずつ変わっている。年年歳歳と失われていく故郷の自然を、帰省のたびに目の当たりにするのは寂しいものだ。1964年(昭和39年)に上京して以来、私は毎年のように郷里へ帰っているが、今度こそ最後にしたいと思っている。帰郷すれば必ず訪れるのが、私の父の墓だ。父は私の生まれる前に死んだため、ほとんど記憶がない。しかし、父の墓参りだけは欠かしたことがない。私が生まれ育った家は、小高い山の上に建っていた。その昔は、このあたり一帯を治めていた豪族の家だったという。山の斜面には段々畑が広がり、その向こうに海が見える。庭から眺める風景も、家の造りも、何もかも昔のままである。生家のすぐ裏手にある山に、父の墓はある。墓と言っても、石塔を建ててあるわけではない。土饅頭を二つ並べただけの粗末なものだが、それでも父の魂はここに眠っていると思うと、何とも言えない安らぎを覚える。父が生きていたら、どんな人間になっていただろうか――ふと考えることがある。私には兄がいるのだが、子供の頃から比べられてばかりいたせいで、あまり好きになれなかった。そんな兄が死んで、もう二十年近くになる。兄の死は突然だった。私が小学校六年生の夏、兄は修学旅行の途中で姿を消したのだ。学校の教師たちは必死になって探したが、結局、見つからなかった。母や妹たちの嘆きようといったらなかったという。兄が死んだのは、たぶん四十三年前のことだ。あの夏の日のことを思う時、私はいつも胸騒ぎに襲われる。なぜだろう……?

孤独死として発見された人物の日記の最後のページにはそう書かれていた。

「この方は亡くなる直前に実家に帰ろうとしてたんだね」

「そうですね。親族に会いたかったんでしょうね」

「そうだよね……」

日記を読んでいるうちに、なぜか私は泣きそうになった。涙がこぼれないように天井を見上げながら言った。

「亡くなった方にも、大切な人がいたんだよね」

「えっ?」

「だって、最後の前のページには家族のことが書いてあったじゃない。だから、きっと奥さんと子供さんを残して亡くなってしまったんだよ」

「……」

「大切な家族に会おうと思ったんだけど、それが叶わなかったわけでしょう。きっと辛かったんじゃないかなあ」

「そうですかねえ」

「うん、絶対そうだよ。僕なら耐えられないよ」

「うーん……」

「僕たちってさ、もし明日死ぬとしたらどうする?」

「唐突ですね。急になんの話です?」

「いや、別に深い意味はないけど……。ほら、今日みたいに暑い日にこんな話したら、なんか気分が悪くなるじゃない」

「まあ、確かに」

「でも、そういうことってない? たとえば、僕は自分の命なんてちっとも惜しくないし、むしろ早く死にたいと思ってるくらいだけど、やっぱり誰かのためには生きたいとか思ってるし。でも、自分より大事な人がいて、その人に何かがあった時に自分がそばにいたとしても何もできないんだと思うと、すごく辛いっていうかさ……」

「ああ、それは分かります」

「それと同じだよ。残された人は、ずっとそのことを考えちゃうんだよ。そして、時々、無性に悲しくなって泣けてくるんだよ」

「そういうものでしょうかね」

「そうなんだよ!」

片方の人はきっぱりと言った……。

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