第68話「殺活自在」
禅の指導や禅僧のあり方はある種の粗雑さがあった。だから、この寺の僧侶たちは俗世を捨てきれず、そして俗世のルールに縛られていた。
そして、そのルールに縛られているがゆえに、自分たちが無力であることを知っていたのだ。それはある意味では、この世界に対する諦めでもあったかもしれない。
だが、この寺ではそれが許されていた。いや、むしろそれこそが、この寺の修行の醍醐味だった。だから、この寺に集う人々は皆、幸せそうであった。そんなこの寺を、私は愛していたし、この寺もまた私を愛してくれていたと思う。
そんなこんなで、私がこの寺に滞在すること二ヶ月ほど経った頃、事件は起きた。その日もいつものように朝早く起きて、庭に出て朝の勤行をした。すると、どこからか物音が聞こえた。
「ん?」
耳を澄ますと、音はどうやら本堂の方から聞こえるようだった。不審に思った私は、本堂へと続く廊下を渡り、そっと扉を開ける。
そこには、袈裟姿の男がいた。背の高い痩せ型の男だ。剃髪しているので年齢は分からないが、四十代くらいだろうか。男は私の方に気がつくと、顔を上げてこちらを見た。
「おや」
彼は驚いたように声を上げる。
「これは失礼しました。先客がいらっしゃるとは知らず……」
「いえいえ、構いませんよ。それにしても、あなたはどうしてここに? ここは一般の方は入れないはずですが」
「ああ、それは……まあ、ちょっとした事情がありましてね。ところで、そちらのお嬢さんはどちら様ですかな?」
男が指差したのは、私の後ろに隠れている女の子だった。彼女は、不安そうな表情を浮かべながらも、男の方をじっと見つめている。
「えーと、この子は……」
説明しようとしたその時、背後で大きな爆発音が響いた。驚いて振り返ると、本堂の壁に大きな穴が空いていた。
「何!?︎」
さらに、今度は別の方向からも爆音が響く。そちらを見ると、やはり壁の一部が吹き飛んでいた。私は咄嵯に少女の手を取って走り出す。そして、中庭に出た瞬間、再び轟音が響き渡った。思わず足を止める。見ると、そこには巨大な仏像の姿があった。仏像が立っている場所はちょうど本堂の裏側に当たる場所なので、今まで見えていなかったらしい。しかし、何故急にあんなものが……。呆然とする私の横で、男は平然と言った。
「あれは阿修羅像という仏さまですよ。ご存知ありませんかな?」
知らない訳がない。私は仏教オタクなのだ。もちろん知っているとも。でも、あの阿修羅像は一体誰が作ったんだろう。疑問を口にすると、男は言った。
「この寺には腕の良い職人がいるんですよ。何でも、若いのに大層な技術の持ち主だとか。名前は確か……」
そこまで聞いた時、不意に近くで悲鳴が上がった。慌てて振り向くと、先程の女の子の姿が見えない。しまった!そう思った時には既に遅く、私は彼女を見失った。私は必死になって探したが、結局見つからずじまいでその日は終わってしまう。
翌日警察が来て捜査したが、何もわからないということだった。
「この像はいったい……」
私は呆然と阿修羅像を見つめるしかなかった。
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