時間が経つにつれて、出身小に関係ないグループができていった。同じ部活に入ったり、部活見学をきっかけにしていることも多いようだった。


 私と雪乃は二人でいるようになった。席も前後だったけれど、移動教室のときも一緒だったし、何か二人組をつくるときも必ず一緒だった。


 だからといって連れだってトイレに行ったりはしなかったし、部活も別々だった。雪乃は美術部に、私は吹奏楽部に入った。


 お互いに部活のない日は、自転車置き場まで一緒に帰った。話が終わらなくて、そこで長々と話してしまうことも多かった。


 雪乃はよく、不思議な話を聞かせてくれた。


「夜眠れなかったときに、外からお祭りのお囃子が聞こえてきて、はじめは気のせいかと思ったんだけど、ずっと聞こえていて、不思議に思いながら外を見るとぼんやりした灯りと何人もの列が見えて。


 なんだろうって思いながらも、思わず外に出たらね、その列はこどもくらいの背たけで、お囃子もそこから聞こえていたの。


 こんな時間にこどもが? 不思議に思いながら目を凝らすと、それは人じゃなくてきつねだったの。

 不思議と怖くはなかったけど、太鼓や笛の音を聞きながら、踊ったり演奏したりする列を見ていたの。


 そうしたら、そのうちの一匹がこっちに気がついて手招きするの。吸い寄せられるように近づくと、一緒に踊ろうって言われているみたいで、見様見真似で列に加わって踊って。


 とても楽しくて夢中だったけど、ふいにお囃子が聞こえなくなって。気づくとそこには誰もいなくて、いつもと変わらない夜だったの。


 でもね、足元には一面枯れ葉が落ちていて、周りに木々はなかったのに」


 雪乃の体験は童話のようでもあり、怖い話のようでもあった。でも怖いというよりは不思議で、魅力的で、ずっと聞いていたいくらい楽しかった。


 迷子の女の子に会った話、知らない場所で迷子になったときに不思議なおじさんに助けてもらった話、雪乃はいろいろな話をしてくれた。雪乃にはいつも人には見えないものが見えていたらしく、不思議な体験に満ちあふれていた。


 雪乃はそういう嘘をよくついた。ありえない体験。だけどその嘘には恐怖をあおったり、誰かを傷つけたり貶めたりするようなものではなかった。むしろ、私はわくわくして、その嘘が大好きだった。


 だけど周りはそうではなかったらしい。


 あるときから雪乃は嘘つきだと言われるようになった。


「檜原さんて、幽霊とか見えるらしいよ」

「やば。今どきそんなこと言う人とかいるんだ」

「キャラづくり失敗っしょ」


 あからさまにいじめられたりすることはなかったけれど、いつも陰口がつきまとった。遠巻きに蔑まれている空気を感じずにはいられなかった。


 雪乃はどこか諦めたように弱く微笑んでいた。私は絶対に雪乃をひとりにはしないと強く思った。


 私は部活に行くことよりも、雪乃と帰ることのほうが多くなっていった。雪乃はいつも微笑みながら、真綿の上にいるようなふわふわした話をしてくれた。おっとりした口調で語られる雪乃の体験は、私を別の世界にいざなってくれるようだった。


 こんなに素敵な話を、甘美な嘘を、ほかの子たちは嘘だと切り捨てるから聴くことができない。なんてかわいそうなのだろう。


 雪乃の嘘を聴けるのは私だけの特権だ。そう思うと、優越感を感じずにはいられなかった。




「佳央ちゃんは、部活行かなくていいの?」


 夏休みが終わってから完全に部活に行かなくなった私に、雪乃は心配そうに訊ねた。


「いいのいいの。先輩たち引退したらなんか違う部活みたいで、もうやめようかなって。小学校からやってる子が多くてみんな上手でついていけないし」


 雪乃が心配で、私が部活に行ってないと思われるのは嫌だった。雪乃は気にするに決まっている。


 雪乃はそっか、と言っただけで、それ以上は何も言わなかった。何かを言いたそうにはしていたけれど。あまり部活に行っていないのは雪乃も同じだったから、たぶん何も言えなかったのだと思う。


 それから雪乃はそのことに触れてくることはなくかった。私たちは変わらず、休み時間や帰りにおしゃべりをして、長い休みのときには時々電話をしたり、会ったりしていた。


 そんな日々が終わることを知ったのは、また同じクラスになれたらいいねと話にでるようになった二月も終わりのことだった。


 寒い日が続いていた中、少しだけ寒さのやわらいだ日だった。


 三年生の卒業式が十日ほどに迫っていた。その頃には正式に部活を辞めていたので、卒業式で演奏するBGMの練習には参加する必要もなかった。


 日の短い冬の期間は、下校時間も早い。数十分しかない部活の時間に急かされるようにチューニングをする楽器の音が、校舎中に響いていた。


「佳央ちゃん、あのね……」


 階段を降りながら、雪乃は言いにくそうに口を開いた。


「わたしね、また、転校することになったの」


 一瞬、時間が止まったような気がした。天候。転向。天功。転校。わかっているのに、頭の中で誤変換を繰り返す。


「お父さんがまた転勤になって。引っ越すことになったの」


「……いつ?」


「お父さんは三月から先に行くんだけど、わたしとお母さんは三学期が終わったら。三月中に手続きをして二年生から新しい学校で」


 雪乃の学校を考慮して、終業式を終えるのを待つかたちにしたらしかった。一ヶ月長く雪乃といられることを喜べばよかったのだろうか。とてもそうはできなかった。


 雪乃は少しも悪くないのに、裏切られたような気持ちさえした。


 寂しい。悲しい。

 素直に言うことができなくて、絞り出すように「そっか」と頷くことしかできなかった。


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