第5話


「今の時期から察するに、俺達が学園都市に入学すべき時期は二年後という扱いだろうな」

「それって実年齢と同じ時期に入学する専門学校的な扱いになるんだっけ?」

「ああ。学園都市は一種の士官学校だからな? そこからプロレーサーになるためには国のため、前線で生き延びた者のみに与えられる権利だそうだから、命を張るレースで生き残るために必要な覚悟を養う必要があるんだろう。安全性は担保されていても、相手が労する策によっては危ない事もあるから」


 その後の二人は別館住まいのかたわら、貴族の嗜みを学んでいった。

 それは一種の貴族教育のようで、二人にとっては懐かしの社交界教育そのものだったが、昔取った杵柄とでもいうのか、王都から派遣されてきた専属教育者にアラ探しを与えないほど完璧な対応をしていたのだった。

 それというのも・・・今はダンスの練習中であり、お互いにステップを踏みながら日本語で打ち合わせをしていたのだから、どれだけ余裕かが見てとれる対応だった。


「策ね? それなら今の内に情報分析してパーツ探しとかしておく?」

「機体の融通は父さんに言えば何とかなるだろうが、嫌われ者だからな? 出来る限り自分達で資金集めして買った方がいいだろう」

「それもあるかもね? 実際にアレも嫌がらせのつもりで寄越してきた者らしいし」


 その間の専属教育者は二人の言う通り嫌がらせを行い、拍手のリズムを変則的に変える。

 しかし、その変則的なリズムに対応する二人は嫌がらせ上等という素振りを出さず粛々と熟し、会話の端々で貴族社会をさげすんだ。


「だな。どこぞの野良を拾って養子縁組したって噂になってるらしいから」

「実際にアレも、野良だった平民風情がって言ってたもんね? それならクソ親父達の単車返せよって思うけど」

「異世界の物品は等しく珍しい物って事だろう。父さん達にバイクを見せたら、絶対秘匿しろって命令されたからな」

「あれは秘匿が必須なぶつだと思うよ? エアバイクと違って私の身体を露出させる仕様ではあっても、フレームの組み方によっては同じ機能を持たせられるしね?」


 そう、神から与えられたナオトの電動バイク。

 それはユウキが言うように電動バイクをコアとしてエアバイク化が可能な代物だったのだ。

 例えるなら、従来型のエアバイクの〈転換炉〉や〈結晶タンク〉が設置されるスペースに、ユウキが乗るための座席とシートベルトを設け、うつぶせにならずとも互いの体重移動で旋回と姿勢制御が行える仕様だったのだ。

 しかも、車輌下部にてエアバイクのカスタムフレームが結合可能という物で破損時であってもコアだけは護られ、光学迷彩もエアバイクのカスタムフレームを繋げるだけで車体全体に作用させる事が可能だった。

 その事を思い出したナオトは内心では苦笑しつつも、真剣な顔で領主の前世を口走る。


「だな。それに気づいたのも父さんの手腕によるだろうが。流石は元エンジニアだっただけはある。だからこそ、今から出来る事は追々の事を考えて補給不要車輌を準備する必要があるんだろう」

「アレは明らかにそういう車輌だものね・・・おっと、近づいてきたよ」


 そうして、ダンスが終わると同時に身を寄せ合いながらバイクの話題を終わらせた二人は身体の密着を離し、専属教育者へと礼をとる。

 会話としては異世界の言葉であるため誰にも聞き取れ無い会話だったが、念には念を入れて、自室か接触時以外では会話しない二人だった。


「まずまずでしたね。今後も精進するように」

「「ありがとうございました(その厚顔無恥な面子、今すぐへし折りたい!)」」



  §



 それから一年後・・・。

 二人は少しだけ成長していた。

 この世界の成人年齢は16才だが二人はこの世界に慣れるため色々尽力し、両親の許しの元、無事に婚姻して夫婦となった。

 それはともかく、その間の色々とは以下の事である。

 ナオトはバイクの修理方法を学びながら、エアバイクの知識を蓄え、専属教育者が手でもって剣術やら体術を学んでいった。そして身体も徐々に出来上がり、前世と変わらない肉体へと変化していった。

 ユウキは胸がペッタンからCカップに育ち、下半身も前より大きく育ち・・・日々体重維持だけ尽力していた。それ以外は淑女の嗜みとして料理や茶葉を知るという、花嫁修業を行っていたようである。

 どちらも婚姻するまで、その学びを欠かさず行い、婚姻後は両親の公務を手伝いながら治政に尽力していった。

 そんなルーチンワークを熟す二人は夫婦生活のかたわら、毎度のように街を散策していた。

 それは一年経った今も変わらずであり、採掘者としても貴族家の子息子女としても、城下街ではそれなりに名を馳せていたようである。

 そして今日も二人は、いつものルーチンワークを終わらせ、城下街に降りて街を散策する。

 この街に来た当初は貴族の見た目をした平民だった。

 今は貴族として馬車に揺られ、楽しげに会話する貴族服とドレス姿の二人であった。

 ちなみに礼服として着ていた二人の制服は領内の仕立屋に見初められ、領地を護る騎士達の正装に用いられ・・・果ては王家にまで受注されるようになり、色々と人気が出ているそうな。

 ともあれ。


「だいぶ変化したよね〜」

「だな。俺達が来てから父さん達も下水事業にまで着手して」

「ね? トイレの清潔さが上がって、安心安全に用を足せるわ〜」

「そのお嬢様の格好で言う事じゃないがな?」

「うっさいな? ちゃんと口元は隠してるでしょう?」

「隠してても言葉使いがなぁ〜。っと、今日の用事はここだったな」

「ええ。恐らくだけど、あの子・・・が居るとしたら、この孤児院だと思うから」


 今回の目的は前々から調べていた彼等の求める者を見つける事にあった。

 それは前世で二人が話していた〈セナ〉と呼ばれる整備者となるべき女の子である。

 二人はゲームでもフラグ回収のかたわら、学園都市の路地裏で倒れ伏す彼女を助け、資金提供を行いつつ整備者として育てたのだ。

 その経緯も同情の余地のある内容で、そうなる前に手を打つ事とした二人であった。

 リアルはゲームとは違う、そう意識しながら。

 二人は孤児院に入るやシスターに声を掛け、事情を話して面談を求めた。

 そして〈セナ〉が面談室に来るまでの間、二人は楽しげに待ちぼうけした。


「セリナという名の子は実際に居るみたいだし、受け入れてくれるかな?」

「どうだろう? 最初会った時って傷だらけの猫みたいに警戒心が強かったから」

「実際に引っかかれてたもんね?」

「痛みはなくても驚いたなぁ〜。でも、小柄な割に・・・」

「私という者がありながら、他の女の子にちょっかいかけないでね?」

「わかってるよ! でもあっちから甘えてくる分には?」

「それは仕方ないと諦めるわ。この世界も一夫多妻制らしいし」

「ま、そんときはユウキが正妻だがな」

「ええ。正妻としてナオトを制裁しますから」

「ちょっかいかけないよう善処します」

「よろしい」


 話題としてはゲーム内の事を思い出してのものだった。

 でも実際はどうなるか? それだけは二人も不安があったようだ。

 今も会話の端々でおちゃらけつつも、緊張を解きほぐそうと躍起になっていたのだから。

 すると、面談室の扉がノックされ、室内に一人の女の子が入室してきた。


「失礼致しまッス・・!」


 セナは語尾が特徴的な女の子だった。

 その見た目は白髪ロング、銀眼のソバカスのある美少女だった。

 そして身体付きも小柄でありボロボロの服装でハッキリしないが、スレンダーではない事が見てとれたユウキであった。

 それこそ(胸だけ負けた!)という絶望めいた反応を、扇子で隠した口元に表していたのだから、言うに及ばずだろう。


「本名はセリナちゃんで、愛称はセナちゃんで合ってるわね?」

「はい! 合ってまッス!」

「ではそこに座ってね?」

「はいッス」


 たちまち責任を持って育てるのはユウキの仕事だった。

 セナは小柄だが同じ年頃の女の子だ。

 そして面談はユウキが主に行いナオトは隣で静かに眺めるだけだった。


「では単刀直入に聞くけど、孤児になったきっかけは?」

「えっと・・・元々は北西部の貴族だったんッスが、昨年の大火で両親と兄が亡くなって、家が没落したので」

「北西部というと、メルデ騎士爵家かしら?」

「はいッス」

「元々が騎士爵家の子女だったから後見人になる者が居らず、歳も若いから修道院にも入れずよね?」

「はいッス」

「寄親は確か・・・」

「ルイデ男爵家でッスね」


 セナは思い出すのも辛そうだが、相手が伯爵令嬢の面談なので、耐えつつも答えていた。

 ユウキはセナの心情を汲みながら、過去の情報と照らし合わせて納得していた。

 情報に相違がないと判断したのだろう。

 すると、心配そうにセナを見守るナオトが、思い出したようにユウキに問い掛ける。


「ルイデっていえば、アレか?」


 ユウキは口元を隠しながらも苦笑して応じる。


「アレよね? ナオトのところに問い合わせしてきた」


 ナオトはユウキの苦笑を受け、当時を思い出す。


「だな。ウチの寄子だった」

「だったわね〜。不正がバレて取り潰しと共に処刑されたけど」

「隠せると思ってたんだろうな?」

「ね? 父の調査は甘くないって有名なのにね? その主なる悪行も寄子になすりつけて」


 ただ、二人の話はセナにとって寝耳に水な内容でキョトンとしたまま聞き入っていた。


「やりきれないよな? 反発されたから焼き討ちしたとか」

「ええ。だからこそ、この子を助けないとって思うもの」


 それはそうだろう、問題の男爵家の寄子は一つだけだった。

 セナは二人の会話を聞き、唖然あぜんとしつつも問い掛ける。

 いつもの口調すら忘れるほど、彼女は信じられないという様子だった。


「あ、あの! それって本当ですか?」


 すると問い掛けに応じたのは、ユウキではなくナオトだった。

 この時のナオトは辺境伯家の子息として応じただけだった。


「本当の事だ。まぁ・・・その家の娘だった君に、仇討ちを行わせる事は酷として、ウチで内々に処罰したがな」

「そうよ? 汚い血を見せないっていう配慮ね?」

「そう、なのですか・・・」


 セナは二人から聞いた事実を知り・・・涙ぐむ。

 その心情は二人にはわかり得ないものだった。

 ナオトは心配そうにハンカチをセナに手渡し、今回訪れた思惑を告げる。


「で、本題なんだが、君をリヴァーテ伯爵家に迎え入れたいと思って今回、話を持ってきたんだ。一つは贖罪めいたものでもあるが、本当の思惑は君の技能や知識を買いたいと思ってな」

「え? 私の? 何で知って?」

「そこは辺境伯爵家の情報網という事で。シスターからは詳しく聞いてないと思うけど、私の実家にね? 貴女を養子縁組で迎え入れて私の義妹としたいのよ」

「は? そ、それって? つまりどういう事でしょうか?」

「ま、驚くとは思ったけどな。俺達は来年・・・士官学校に入学する予定だ。その時に整備者として君を欲しているんだよ。だから付いてきてくれるか?」

「え? えぇ〜!! その言い回しって婚約的な物にも聞こえるのですが?」

「婚約でも構わないよ? 実際にセナは没落した直後に破談となってるし。来年までに色々学んで貰って、婚姻してもらう事とすればいいし。第一夫人は当然、私だけど」

「そうだな。整備者兼第二夫人として付いてきてくれると有り難いかな?」

「私が・・・第二夫人? いいのですか? 元貧乏騎士爵家の長女ですのに」

「気にするな。あと、手続きと寄付金の入金はすでに終わらせてるから、今日はそのまま引き取っていくぞ?」

「え?」


 二人の行動としては即断即決という、もの凄い速さでセナを拾い上げていった。

 なお、ゲーム内では紆余曲折あったのち、セナのハートをユウキとナオトが射貫いていたが、リアルでは二人掛かりでセナの両脇を抱えて連れていくのだから、ゲームとリアルは違うという点を考慮したに過ぎないようだ。


「えぇ〜!! 胸に腕が当たってますぅ!」


 セナは二人にドナドナされながら暴れた。

 だが、暴れる度に大きな胸が両者の腕に当たる事から羞恥で悶えていた。

 すると、ナオトは懐かしそうに感触を楽しみ、ユウキはグヌヌとうなっていた。


「セナも結構、柔らかいのな?」

「やっぱり私より大きかったね・・・大きさ的にFカップかな?」

「Cに上がったユウキもあと少しで戻るからいいんじゃないか?」

「来年までの辛抱だね! 頑張って育てないと」

「それまでにセナの胸も育ちそうだが? Gカップに」

「それは言っちゃダメ! 私も目指せGカップよ!!」


 ともあれ、二人の会話は日本語だったため、セナには何を言ってるのか判らない状態だったようだ。

 ちなみにセナの私物は二人との話し合いの間にシスターがまとめて門前の御者に預けていたようで、セナは自身の私物が馬車内にある事に驚きを示すも時間が無いとして二人から馬車内に強引に押し込まれ、孤児院を後にした。

 なお、この時のナオトはユウキと共にセナの尻の感触を味わったのは言うまでもない。





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