第3話


 ナオは目覚めた。そこは青い空と緑の草木が生える草原だった。

 そして不意に自身の声音に違和感にも気づく。


「はっ! あれ? ここは何処どこだ? ん? 俺の声が若い?」


 ナオは起き上がり、周囲を見回し怪訝となるも、直後の記憶を思い出し混乱した。


「周囲は・・・草、原? これは草だよな? 確か・・・トレーラーに轢かれて? あれ?」


 するとナオは周囲を再度見回し、近くに脚が見えたため駆け寄った。


「ユウキ、だよな? どういう事だ? ユウキがプリーツスカートで? これはユキのだし」


 ナオはユキのデイパックを背負ったユウキに触れる。

 ただ、意識の無い女性の身体だ。触れるのは問題ないところだけにするナオだった。


「身体付きはユキとは違う? 胸は平面? やっぱりユウキか。ほっぺたのプニプニはユキだが、腰付きはユウキだな。あとは直視したら不味いところしかないから、なんともいえんが」


 そう言いつつも、プニプニの頬を右手で突っつきまくるナオだった。

 するとナオは、一旦はユウキから離れ周囲を見回し、転がる自身の愛車に目を向けた。

 ヘルメットもいつの間にか脱げており、愛車の下に転がった二つのヘルメットを拾いながら、ナオはバイクを起こしてスタンドを立てる。


「ん? 形状が若干異なるが・・・バッテリーが外せない? それ以外は英語のみの計器盤になってるのか? この計器盤の表示はエアバイクと同じだよな? 走行距離が0kmになってる? 速度は当然0km/hだが、EP値結晶量は無制限? VP値気化量は0%、SP値体力量CP値集中力AP値同調率はエアバイクと同じで二人で乗らないと表示しない・・・か。この蓋はオプションか? 水上バイクと、エアバイクモード? なんだこれ?」


 ただ、電動バイクの仕様というか形状が異なりナオは困惑した。

 それは電動バイクだった。車輪も付いており、車軸のモーターも問題なく存在している。

 しかし、肝心のバッテリーだけが外せず、バッテリー直下に〈Conversion Furnace〉と書かれた丸い形状の鉄塊が付いていた。

 バッテリーもバイクと結合状態で密閉されており、EP値結晶量無制限という扱いとなっていたのだ。

 あとは通常のエアバイクと同様だったため、ナオの困惑は更に何が何やらとなった。

 そして不意にサイドミラーを見たナオは絶句する。


「は? 俺の姿がナオトなんだが・・・どういう事だ?」


 すると、ナオの混乱を余所にユウキの方から声がする。

 ナオは電動バイクのキーを抜き取りながらユウキに駆け寄った。


「うぅん・・・ナオちゃん、い、入れて・・・」

「何言ってんだ? こいつ? でも、声音からしてユキだよな・・・少し声が若いが。世代的には高一だよな? 胸とか特に。まぁいいや、とりあえず起こすか」


 ナオはユウキの妙になまめかしい発言を無視して、ユキと同じならという事で、ユキの弱点である耳たぶに触る。


「っつ・・・こ、ここは? ん? ナオト?」


 すると、ユウキはビクンと身体が跳ね、真っ赤な顔で目覚めた。

 ナオはその時点で目の前のユウキがユキであると察した。

 ユウキ時の弱点はユキ自身がヘソとして設定していたのだ。

 同じ場所だと面倒だからという意味で変な設定を加えていただけだが。

 というか高々ゲームなのにキャラに弱点設定を設けた意図が分からないナオだった。

 ともあれ、ナオは真っ赤な顔でキョトンとなるユウキに声を掛ける。


「ナオトっちゃーナオトだが、俺はナオだからな? ユウキ姿のユキさんや」

「へ? 私、死んだんじゃ? ここは死後の世界? 処女のまま亡くなったの私?」

「処女って・・・知らんがな。ただ、姿形がユウキだから転生したって事かもな?」

「え? ユウキ? え? 胸が無い・・・」

「まぁ鏡を持ってるなら自身で見た方が早いな」

「うん。えぇ・・・ホントにユウキになってる」

「何なんだろうなコレ?」

「ワケが判らない・・・」


 その後の混乱した二人は隣同士で座り、状況整理に努めた。

 そして不意にナオがスマホを取り出し、メールの一文を読み上げる。


「ん? 着信? 圏外なのに・・・へ?」

「どうしたの?」

「ん〜? メールの文章がちょっと不可解でな」

「見ても良い?」

「ああ・・・」

「えっと・・・『目覚めただろうか? 率直に申し上げると、君たちは一度死に若返らせる形で生き返らせた。今の見た目の変化は、転生前に潰されてグチャグチャだったため、君たちの記憶にある姿を拝借した。そして、前の世界では死亡が確定していたから、界渡りを行い・・・君たちの持ってた私物のみを持たせてその場に放置した。今後、君たちはこの世界で生きていってもらう。詳しくは君たちの方が詳しいから割愛するが、第二の人生、後悔の無いよう生きながらえてほしい。神より。・・・追伸、の子の乗り物と貨幣は私からのプレゼントと思って貰えばいい。の子の方は・・・後ろから突いてほしいと願いがあったから、位置は変えてあるぞ』・・・へ? どういう事?」

「不可解だろ? まぁバイクに関しては納得出来たが、文章を読み直す限り転生したらしい・・・しかもここ、〈ジェムライド〉の世界のようだ」

「へ? じゃあ見た目がユウキとナオトの姿なのは、そういう事?」

「だな。隠れ巨乳ではなく完全なスットーンとなってるのがその証拠だ」

「胸は17才の時に育ったからいいけど。ん? ちょっと待って・・・うそ、夢じゃない? タワシじゃない」

「ああ。そこも継続したのか・・・」


 二人は混乱したままだったが、状況証拠から受け入れざるを得ないようだ。

 一つはナオのバイク仕様、もう一つはユウキの見た目にあるだろう。

 そして最後の一つはユキ個人の問題であり、ユキはスカートの中に手を入れて顔面蒼白となった。

 ナオはユキの顔面蒼白を見て察した。

 おそらくだが、ユキの遺伝的なツンツルテンが転生後も継続していたようだ。

 ナオはその際にメールの最後を思い出し、あっけらかんとユキに問う。


「そういやメールの最後ってどういう事だ?」


 ユキはその時点で何かを察し、手をハンカチで拭いながら立ち上がる。


「今は知る必要ないよ!!」


 ナオは起き上がったユキの姿を見て、改めて察する。


「そうか? そういや小さくなったな?」

「というかナオも小さくなったよね? まるで2才ほど若返ったみたい」


 ユキはナオの言葉を受け流しつつもデイパックを開けて持ち物を調べる。

 ナオはそんなユキの言葉を受けながらも絶望した。


「身長が一緒だと・・・成長するよな?」

「して欲しいね。私の胸もココも」

「そこは・・・神に願うしかなくね?」


 ただ、ユキとしても気持ち絶望感が漂っていたが、顔に出す事は無かった。

 だが、急に声に出して叫びたくなったのか、スカートとパンツを脱ぎ捨てて叫んだ。


「どうせ、いじるんなら・・・生やしてよ!!」


 ナオはあきれながらも脱ぎ捨てたスカートとパンツを拾い上げ、デイパック内からチョコレートを取り出して、スカートやパンツと共にユキへと手渡す。

 視線は一瞬でもユキの尻に向いていたが、視線を反らしながら手渡すナオだった。


「何も脱いでから叫ばなくても・・・まぁいいか。腹減ったし、兵糧食うか?」

「うん。いただきます」


 ユキは恥ずかしそうにパンツを穿き、スカートを身につけて寝転んでいた場所に座ってひとときの食事を行った。


「たちまちの貨幣は100万ゴールドか・・・何からなにまでゲームだな」

「宿に泊まるとしても一泊あたり、1万ゴールドだから、食費を抑えれば何とか保つんじゃない?」

「う〜ん。あとはあまり・・・遣りたくないが、採掘者登録もしておくか?」

「それがいいかもね? クリアした者にとっては少々心苦しいけど、背に腹はかえられないしね? あとは採れる場所が変わってなければ」

「だな。そこで拾ってから貨幣とするしかないだろうな」


 二人はゲームで得た知識があるためか、採掘者という者を忌避していたようだ。

 だが、貨幣を得るためには必要な事として諦めたらしい。

 今もチョコレートをモグモグしながらも先々を話し合う二人は、あーでもないこーでもないと打ち合わせを行っていたのだった。

 ちなみに、夏休みの登校日ともあって、二人の私物は兵糧という名のショートブレッドが1ケース、溶けないチョコレート1ケース、500ミリリットルのペットボトルが合計4本、そして携帯ゲーム機と予備の下着と水着、私服だけだった。

 おそらく進路指導の後にプールデートにでも行く予定だったのだろう。



  §



 それからしばらくして、二人はソーイングセットでそれぞれの私服を縫い直した。

 それは予備の私服や下着が成長後の体型だったため、今の体型に合わせて直したのだ。

 二人はお互いに見慣れているのか半裸姿でも平然とし、制服を脱いで下着姿へと変わり、私服の袖に腕を通す。

 幸い、腰回りはどちらも大差が無いため、ナオはズボンをベルトで固定し、ユキはスカートの下に穿くレギンスの長さ調整だけ行ったようだ。

 二人は私服に着替えてヘルメットを被ると、ナオは電動バイクに跨がり、抜いておいた電動バイクの鍵を挿し込む。

 ユキもヘルメットを被り、後部座席に座りつつナオに抱き着いた。

 そして二人は、各々おのおののヘルメットから謎の黒い線を私服越しに引っ張り出し、座席下にある穴に填め込んだようだ。


「とりあえず、この草原が始まりの草原だと仮定して、現在地から東に向かえば街があるよな?」

「うん。この草原は南に向かうと湿地帯で、北に向かうと獣魔が現れる森があって、西に向かうと隠れ亜人の集落があるね・・・まぁ本編で言えば後半まで亜人達の集落に出向く事はないけど」

「だな。たちまちは学園都市に向かうルートで旅立つか。ゲームでならチュートリアル的なレースが開かれてる草原なんだが、今は人っ子一人居やしないし」


 そして、チュートリアルを思い出した二人は最初の目的地へと向かおうとした。

 ただ、ユキは跨がったはいいが始動音のしないバイクに困惑を示す。


「そこがゲームとの違いじゃない? ところで、このバイク動くの?」


 ナオもユキの困惑が伝わったのか、始動方法が判らないまま混乱していたようだ。


「う〜ん、キーを挿し込んで二人で乗ったのにウンともスンともいわないんだよな」


 すると、ユキが興味深げにナオの左肩から計器盤を覗き込む。


「計器盤は?」


 ナオは唐突に現れたユキの横顔で驚くが、アタフタを悟られまいと冷静さを装い計器盤の状態を示す。

 実際にはユキに無いと思われていた平面胸に、微かな膨らみが存在している事に気づき、反応したナオであった。


「えっと、EP値結晶量は無制限だからいいとして、VP値気化量は0%、SP値体力量は100%、CP値集中力は0%、AP値同調率は0%だな。たちまちCP値集中力はブースト機能を使う以外で使わないから放置でいいだろうが」

「一応、二人で乗ると計器盤には反応が出るのかぁ・・・エアバイクならAP値同調率が1%だけでもVP値気化量が増えて始動するから、AP値同調率を増やす事に尽力するしかないね? というかEP値結晶量が無制限って何?」

「ん〜? 神様からの贈り物という事だろう? 他人様には見せられない代物だがな」

「当然でしょ? そんなものがあったら奪われるのがオチだわ。ん? ちょっとまって、鍵抜いて貰える?」


 しかし〈EP値結晶量が無制限〉という話をしていると、ユキが何かを思いだしてナオに問い掛ける。

 ナオはユキの言葉に応じつつ(何かあったかな?)と思いながら鍵を抜いて差し出した。


「ん? コレでいいか?」

「ん〜? あ! やっぱりあった! えっとエアバイクなら先に私からだったね・・・」

「鍵に穴? もしかして・・・そういう事か?」


 ナオも鍵に付いた穴を見て思い出す。

 ユキはナオの反応を見て微笑み、ゴソゴソとデイパック内を漁りだした。


「もしかしなくてもそういう事でしょう? ソーイングセットを取り出して、ナオ? ライターある?」

「ああ。焚き火用のヤツでいいなら・・・ほれ」

「ありがと。マチ針の先を炙って、そっちはナオのね? っ!」


 ユキはマチ針の一本をナオに手渡し、自身の指先に針を刺す。

 ナオも同じく指に針を刺して一滴の血を取り出した。


「ほいきた。絆創膏もだしておけよ?」


 ユキは鍵の穴に一滴の血を落とし、ナオの言う通り指先に絆創膏を貼る。

 そしてナオに絆創膏と鍵を手渡しつつも指先を見せた。


「うん。問題無く・・・可愛いでしょう?」


 それは女子高生だからこそ、可愛らしいクマ柄の絆創膏だった。

 ナオは鍵穴の反対に血を垂らし、余剰分をティッシュで拭う。

 そして絆創膏を貼ってから指先を眺めた。


「クマか。まぁいいか・・・鍵を挿して」

「どう?」


 鍵を挿したナオはイグニッションへと鍵穴を回した。

 ユキは反応が出たか気になったようでワクワクとナオに問う。

 ナオは背後の反応に困惑を示しながらも、計器盤を読み上げる。


「えっと、VP値気化量は50%から98%に急上昇、AP値同調率は100%だな」


 ユキはその結果を聞き満足気であった。


「やっぱり初期設定を行って無かったからだね〜」


 ナオはVP値気化量が100%に上がると同時にギアをニュートラルに戻し、空ぶかしを行う。

 直後、車軸に収まったモーターの低音だけが響き、〈転換炉〉から無事に電力が発生している事をナオは悟り、ギアを1速に入れて走り始める。


「このへんもエアバイクと同じなんだな・・・というかAP値同調率が最初から100%って」


 走り始めたあと、少しずつ加速する景色に見とれたユキは遅れてナオの一言に応じた。


「私達の相性って事でしょう? もし仮に他人とだったらここまでの数値は出ないと思う」


 二人のヘルメットにはマイクセットが付いていたため、走行中も会話が出来ているようだ。

 ナオはユキの自信にあきれをみせるも、あっけらかんと問い返した。

 それは、お互いに勝手知ったる仲を表すような、親しみのある会話だった。


「その自信、まぁ付き合いは長いからな。生前も含めると」

「許婚の関係って今世も生きてるかな?」

「本人が思うだけは自由じゃないか? 入籍は無効になったけど」

「自由ね? なら私は今世でも婚約者として一緒に過ごすわ。トイレも含めてね」

「トイレくらいは一人にさせてくれ!」

「気にしないのにぃ〜」

「俺等が気にしなくても周囲が気にすると思うが?」

「まぁそれを言われるとそうかもね? まぁいいわ、ところで名前どうする? この身形だとアバター名で呼び合った方が無難よね?」


 二人は名前をアバター名で固定化するも、元々家名を設定して無かった事でナオはどうしたものかと考える。

 ちなみに今は草原を抜け、荷馬車が行き交う街道に出たようだが・・・周囲の者達は目が点となり、高速で陸地を走る乗り物を眺めていたのだった。


「だな。ナオトとユウキでいいだろ。家名は貴族様じゃないから・・・」


 ユキは周囲の驚きは今更という素振りで無視し、ナオの一言に言葉を添える。


「いやいや、私達の金髪の身形って貴族だけだよ? 一応、私達はそういう設定を選んだし」

「そういえば貴族様だったか・・・それなら、適当に付けておくか。どうせ田舎貴族なら誰も何とも思わんだろ?」

「田舎貴族って・・・辺境伯とかになるけど?」

「それはしがらみの多そうな貴族様だな。何か適当な貴族って居なかったか?」

「まぁ家名だけでも適当に名乗りましょうか? 爵位なんて子息子女には関係ないし。ナオならナオト・オーシャンとか?」

「ありきたりだが、それが無難かユキなら、ユウキ・リヴァーテとか?」

川居カワイって訳しづらいよね〜。まぁいいけど」


 こうして、二人は時速40km/hで街道を進み、次々と荷馬車や馬車を追い抜いた。

 それはエアバイクに匹敵する速度で走る乗り物であり、馬車に乗る貴族は目が点となりつつも何処どこの家の者か調べるようである。

 そう、しくも二人の名付けた家は存在し、二人と邂逅する事になるのは、それから直ぐの事であった。


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