第2話


「「無事クリア〜!! お疲れ〜」」


 それから二人は一週間もの間、同じ体勢のままゲームをクリアし、お互いに抱き合った。

 一応、途中で食事を取ったり、風呂に入ったり、仮眠とったりしているが、それ以外のほとんどの時間をゲームに費やし、高三という立場においては遊びすぎともとれる対応であった。

 そのうえで、最後の最後は徹夜という手段を用いてしまい、二人は眠気のある状態で抱き合い、一緒にダブルベッドへと飛び込んだ。

 二人はゲームの内容よりもゲームをクリアした事に安堵し布団の柔らかさに酔いしれる。

 眠気も相当にあるのか、疲れから時計を見る気力も無いようだ。

 なお、この時の二人の格好はどちらも下着姿だった。


「あぁ〜、生き返る〜、お布団気持ちいい〜」

「なぁ? ユキ? やっぱりずっとは辛かったんじゃ?」

「ううん。私が望んだ事だもん・・・ナオにならずっと座ってもらっても構わないよ?」

「そうか? まぁユキがいいならいいが」


 二人はゲーム内のレースもそうだが、ゲーム中のシナリオパートもクリアしており、現在配信済みのシナリオも無事にフラグ回収を終えていた。

 この〈ジェムライド〉というゲームは一見するとレースゲームの様相ようそうが主なものだが、その実、世界観の作り込みが相当なもので、レース以外の時間は学園生活のような遣り取りも存在しており、レースに参加する者達はゲームの舞台である〈惑星ジェムライド〉内、各学園都市の選抜から選ばれ、都市内のタイムトライアルでの上位五組が学園間レースに参加するという仕組みで実施されているようだ。

 ただ、このシナリオパートはレースとは無関係で行われており、学園内の遣り取りでのフラグ回収が主だった。そのためレースのみを行う者達はシナリオパートを無視していたようだ。

 だが、序盤はともかく中盤付近からフラグ回収をしないと参加出来ないレースが存在している事に気づき、主立った者達はレースそっちのけでシナリオパートにのめり込んでいってしまったのだ。


 では何故なぜそうなったかといえば・・・

 このゲームのシナリオパートである学園には操縦科と整備科が存在し、操縦科でのフラグ回収は中盤レースに関与する貴族様とのつながりを持つ事だった。

 そして、整備科でのフラグ回収はエアバイク整備担当者を選び、育成する事にあったのだ。

 貴族様の関与する中盤レースには必ずといっていいほど、整備者と操縦者の三人一組が前提となっており、その中盤レースでは序盤最後に得られる〈複座型エアバイク・カスタマイズタイプ〉のみでの参加が必須だったのだ。

 だからこそ、序盤の段階で整備者を見つけて育成し、アルバイトでカスタマイズする資金を集め、個々に部品を購入し、序盤最後の段階でエアバイクを手に入れ、機体に組み合わせていくという流れで二人は物語を進めていった。

 特にユキは整備者の育成に力を割き、ナオは中盤レースに関与する貴族様とのつながりを持ちに向かったのだ。


 そう、物語の仕組みにいち早く気づいた者だけが、シナリオパートのフラグ回収をクリアし、中盤から終盤にかけての各種レースと物語の核心である戦闘に参加していたのだ。

 二人にとって、シナリオパートの放置は無作法とでもいうように、最初の内からイベントレースの合間に回収を進めていったのだ。

 ともあれ、そんな二人は寝転びながらもゲーム内の話題を繰り広げ始めた。


「しっかし、整備者一人を選ぶ方も大変だよな?」

「だねぇ〜。上手い下手もあるし、得意不得意も驚くほど存在してるから・・・」

「総勢何人居るんだ? ってくらいに整備者が溢れてたが」

「ね? それもフラグ回収の度合いで選べる者も限られていたし、攻略サイトとか見ると100名は居るみたいよ? 下手な子にみえてても、育てれば一番やり手の整備者になる子も居れば、上手いんだけど徐々に性格が暴露されて高飛車な子だったりね?」

「その点でいえば〈セナ〉は当たりか?」

「大当たりね? 器用貧乏なだけで鳴かず飛ばずな子だったけど、拾って正解だったわ」

「整備だけじゃなく知識量という面で当たりだったな」


 ユキはナオの一言に身体をくねらせ身悶える。


「性格も大人しいし、なによりお姉様って言われるのは良かったわぁ〜」


 ナオは身悶えるユキに引きつつも、ポロッと口走る。


「流石は一人っ子」


 その一言を聞いたユキは何かを思いだしたのか急に黙り、重い空気をまとった。

 だが、ユキは空気を霧散させるかのようにナオへ抱き着きながら、あっけらかんと答えた。


「・・・一人っ子どころか両親も居ない天涯孤独の身の上ですけどね〜」


 ユキは豊満な胸をナオの右腕に押しつけ、ナオの右手を握り股に沿わせた。

 その重い空気もユキの行動で霧散し、ナオはタジタジとなる。


「おぅふ、それを言うと俺はどうなんだ?」

「同じ身の上で幼馴染、そのうえ許婚なら気にするだけ損よ・・・入籍も学校に内緒でしちゃったし」


 二人は幼馴染の従兄妹同士だった。

 そのうえで両親が居ない孤児でもあった。

 唯一の救いは資産家だった両親の蓄えであり相続した二人は同棲生活をしていたようだ。

 許婚という場違いな関係が、元よりお互いを支え合う関係となったのだろう。

 すると、ユキの腕を振りほどき、起き上がったナオはカレンダーと時計を見て絶句する。


「そうだな・・・って、今日・・・登校日じゃね?」

「え?」


 今は夏休み。

 二人は就職という選択をしていたため、受験勉強はしていなかった。

 だが、学校には行かねばならず、同じくカレンダーを見たユキはキョトンとなる。



  §



 登校日と気づき、アタフタと準備する二人の男女。

 時刻的にはとばせば間に合うという頃合いであり、あと少しで遅刻確定となる状態だった。


「ユキ、シャワー先に浴びていいから!」

「えぇ!? 一緒に浴びようよ? 水道代とガス代の節約」

「いや、俺はいいから! もう制服着てるし」

「もう! それなら帰ってから一緒に入ってね?」

「あ、あぁ・・・」


 例の一件以降のユキは何故なぜかスキンシップを良しとした行動に出始めていた。

 ナオはアタフタしながらも、タジタジのまま扉越しのユキの鼻歌に耳を傾ける。


(尻に座ってから積極的になってないか?)


 ナオが考える事は、磨りガラス越しに見えるユキの姿にあるだろう。

 尻に座る前は脱衣所に居る事も良しとしなかったユキなのにだ。

 一応、ダブルベッドへと一緒に寝る事はあってもガッチリとした寝間着だったのだ。

 だが、先ほどまでのユキはキャミソールとパンツだけで、自身の右手を・・・というところで、思い至ったナオは首を横に振り忘れようとした。

 二人は幼馴染で腐れ縁、同棲はしているが別に男女の関係には至ってない。

 それは結局、亡くなった両親の教えがあるからだろう。


『許婚でも成人するまでは婚前交渉するな!』


 そう教えられていたとユキは語ったのだ。

 これは余談だが二人を知る友人達は口々に言う。

 この二人の扱いは〈熟年夫婦〉が手っ取り早いそうだ。

 付き合っていない割にツーカーで物事を済ませ、阿吽の呼吸とでもいうのか、付き合っている者達よりも息が合っているのだ。

 なにより、ユキがナンパされたなら、何処どこからともなくナオが現れ、お引き取りを肉体言語で願うそうなのだから、ツーカーどころの関係ではないだろう。


 ともあれ、そんな二人の関係も今は同棲の域で留まり、外で待つナオの心情を無視するかのように、ユキはシャワーのかたわなまめかしい声をあげる。


(おいおいおい!? ユキさんや? いきなり押っ始めるのは、流石にどうかと思いますよ!?)


 それは普段から溜まりに溜まった欲求不満が現れたものだろう。

 ナオはそんなユキの嬌声きょうせいに耳を傾けながらも冷水で顔を洗う。


(目覚めろ俺! これは幻聴だ、幻聴に決まってる!・・・ユキがこんなにエロい子なワケがない!)


 しばらくすると、洗面所で顔を洗うナオの背後で衣擦れの音がする。

 ユキが何食わぬ顔で上がってきており、今は下着を着けていたらしい。

 ナオは鏡越しに見えるユキの尻に見惚れ、前屈みで固まってしまった。

 すると、ユキが振り返り、心配そうに声を掛けてくる。


「どうしたの? 大丈夫?」

「あ、あぁ・・・大丈夫だ。それよりも制服に着替えたか?」

「うん。あとは髪の毛を乾かすだけだから、そこ退いてくれる?」


 ユキは先ほどの反応とは打って変わってあっけらかんとした様子だった。

 それこそ欲求不満が解消されたかのように、普段のユキが現れたようだ。

 ユキの「退いて」を聞いたナオは腰が引けたまま、洗面所の水を抜き・・・ひょこひょこと場所を入れ替わる。


「あ、あぁ・・・」

「ところで、何で前屈みなの?」

「聞くな」


 最後はナオも一言だけ告げ、脱衣所を後にした。

 ユキは気づいていたようだが、あえて問わず、出て行ったナオの後ろ姿ににやけてしまう。


(私の声で盛り上がったのかな? それはそれで嬉しいかも〜)



  §



 二人は通学の準備を終えてマンションの玄関から駐輪場に移動した。

 ナオは駐輪場に駐めた電動バイクにバッテリーを差し込んで始動させた。


「じゃ、急ぐぞ!」

「うん! レッツゴー!」


 二人はマンションの駐輪場から二人乗りで学校へと向かう。

 途中に信号が黄色となる場所もあったが、時間が差し迫っているため、ナオは急ぐ。

 ユキはそんなナオの焦りを感じとりながら、背中に胸を押しつけて心配そうにナオの心音を聞いていた。

 すると、学校前の信号機が赤に変わる。

 学校の門もあと少しで閉じる状態だった。


「不味い! 遅刻確定だ!!」

「焦ったらダメだよ?」

「いやいや、今日は特に遅れたらダメだろ?」

「そう?」

冥呂めいろ先生の・・・」

「あ! 進路指導」

「血の雨が降るぞ? 俺の顔面に」

「それは不味いかも」


 ナオとユキは閉じる校門を見て焦る。

 今日は遅れるワケにはいかなかったのだ。

 だからナオは信号無視をしてしまった。

 しかし、その直後・・・

 二人の乗る電動バイクが交差点に進入してきた大型トレーラーに跳ね飛ばされた。


(あぁ・・・血の雨が降るのは俺だけで良かったのに・・・)

(お尻に乗って貰うなら、いっそ後ろから突いて貰えばよかった・・・)


 死に際の二人はバラバラになりながらも明後日の方向に飛んでった。

 その時のナオはユキを案じていたのに対し、ユキが下ネタだったのは・・・なんともな感じだった。






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