第14話 王子たるもの雄弁であれ

 ムルトゥは何やら大きめのトランクを持ってきた。詠唱を始めるとガチャッと音がした。トランクを開けると中にはゲートが展開されていた。

 ムルトゥは手を突っ込んで服を取り出しては並べていく。

「オラのコレクション見てけろ!」

「これはメイド服!こっちはセーラ服!ナース服にウェディングドレス⁉︎クオリティ高…」

「せやろせやろ⁉︎」

「これは!某アニメのエルフが着てたやつ!ムルトゥさん、コレ!コレ着て!」

「ほなら、ちょい待っとれ」


 廊下の曲がり角へタタっと走っていったムルトゥ。


(え?生着替え…!)


 ブラン王子と目が合う。どうかしましたか?という顔で首を横に傾けた。ここで覗くのは王子の教育的にやめておいた方がいいだろう。創士は耳に全神経を集中させ衣擦れの音で我慢した。


「こんな感じやけど…」


 生エルフに思わず手を合わせて拝んでしまった。ありがたやありがたや。


「変な男やな。悪い気はせぇへんけど」


 その後も様々な衣装を見せてもらった。版権の関係でここには記せないが。


「いやぁ〜、こんな楽しいのは久々やわぁ!って……アカン!アンタらとは馴れ合うなって言われとるんやった!」

「え〜、せっかくムルトゥさんと仲良くなれたのに…」


 ムルトゥは苦悶に満ちた顔で「ぐぬぅ…」と呟いた。創士は感づいた。このエルフ、押しに弱そうだなと。


「ムルトゥさん…いや!ムルトゥ先生!」

「先生⁉︎」

「先生の素晴らしい作品、感銘を受けました!」

「いやぁ、それほどで…」

「そんな先生に!お願いしたい事があります。コレを作れるのは、この世界にアナタしかいません。あのガンバスも出来ないといったのですから…」

「ガンバス殿が?」


 創士はガンバスに断られたレインウェア、ゴム手、長靴をムルトゥにお願いした。デザインはお任せで、とにかく「動きやすく濡れない」をメインに依頼した。素材についてはサスタスに助力を乞うよう伝えた。


「このムルトゥ様にお任せあれ!」


 まるでヒーローの如くポーズをとったムルトゥの背後に見覚えのある姿がやって来た。


「アンタ達…何やってんの?」

「ヒイッ!ア、アイ王女⁉︎」


 まるで犬のフンでも見るかのように冷たい目をしたデッドアイがそこにはいた。


「ムルトゥ、あんた…」

「失礼しました〜!」


 ムルトゥは脱兎の如く逃げ出した。


「何やってたの?アンタ達」

「ムルトゥさん、服作るの得意そうだったんで掃除に使う服をお願いしたんですよ」

「それにしては楽しそうにお喋りしてたじゃない?」

「いや〜、まさか僕の世界の服が見れるとは思わなくて」

「アンタ、服着替えさせて喜んでたわよね」

(見られてたー!)「……はい」

「あんなもの着せて嬉しいわけ?」

「嬉しいというか、元の世界で見覚えのある服だったので…つい…」


 怒られる様を見て、隣でブラン王子がオロオロしている。


「ふぅ。…まぁ何もなかったならいいわ。遊んでないでブランに仕事教えなさい。オーリリーに怒られるわよ」

「おー、そりゃ怖い」


 創士は教育計画の第二段階に入る為、ガンバスに会いに行った。


「ガンバスさん、どんな感じです?」

「ホウキ100、ちりとり100、ゴミ箱20」

「さすがガンバスさん、仕事が早い!」



―――魔王城 オーガ居住地―――


 集まったのはオーガ、精鋭オークの合計20名。ブラン王子が彼等の前に立ち指導を始める。…はずだったのだが。


「ほ、ほんとに僕が教えるんですかぁ…?」


 ブラン王子は泣きそうな顔でこちらを見てくる。


「大丈夫です」

「でも、みんなこちらを睨んでますよ」

(いや、あんな顔でしょ彼等は)「大丈夫です」

「僕は背も小さいし力もないから、ダメな王子ってみんな馬鹿にしてると思うし…」

(なるほど、ブラン王子は容姿の違いから劣等感を抱いているのか)


 創士は自分の学生時代を思い出した。同じような経験をした事があるので、ブラン王子の劣等感も分からないでもない。大人になればそれも杞憂だったのだと気づくのだが、経験の少ない王子には分からないのだろう。


(まぁここは助け舟をだしますか)


 創士は私のマネをして下さいとブランに告げ、整列したオーガ達にホウキを渡しながら語り出した。


「僭越ながら私から説明させて頂きたい!これから言う言葉はオーリリー王女、ブラン王子両名からの言伝である。偉大なる魔王様が目指すのは全ての種族が手を取り合う平和な世の中である。そうなった時、我々オーガ、オーク、ゴブリンの居住地があまりにも不潔だと何が起こる?そう!軽蔑だ。オーリリー王女は考えた。どうすれば、そのような事態を防げるのかと。答えは至極簡単。清潔にしていれば良いのだ。しかし、それを習慣化させるのは一朝一夕で出来ることではない。平和な日が来る前に、事を成すべきだと!」


 オーガ達はヒソヒソと話始めた。

(なんでブラン王子じゃなくて、あの人が仕切ってるの?)

(さぁ?王子より偉いとか?)

(あの人、この前召喚された人でしょ。それは無いと思うけど)

(おい!見ろ、あの人の首!)

(あれはデッドアイ王女のペンダント⁉︎)

(素直に言う事聞いておこう)

(ああ、そうだな)


「ブラン王子、それではお言葉を」

「は、はい!」


 ブラン王子はモジモジしながら一歩前へ出る。するとオーガ達は背筋を伸ばし、皆王子をジッと見た。


「皆さん、お姉様は常々仰っておりました。我々は不衛生、不潔というイメージが先行し、良い面が評価されていないと。我々と人間は容姿は違えど、食べる物も似ているし、村を作り、家族を作り、社会を作り上げていく。少し昔の人間と何も変わりはないと」


 オーガ達はブラン王子の言葉を噛み締めるように聞き入っている。


「昔、お父様が話しているのを聞いた事があります。人間は人間同士でも不潔というだけで交渉の場に立つことすら許されないと。ならば我々は誇り高きオーガ、オーク、ゴブリンとして相手がこちらの土俵に降りて来るのを待つのではなく、こちらから相手の土俵に乗り込もうとお姉様は仰ってました。」


 ブラン王子は膝を震わせながらも立派に演説をしている。


「僕は皆さんよりも力もないし、背も低いです…。でも!今回の件は皆さんの力になれると思います。お姉様の野望叶える為にも、協力して頂けますか?」


 オーガ達は一斉に片膝をつき頭を下げた。彼等の中で最年長と思われるオーガが声を発した。


「我々はブラン王子のお言葉に従います。それにしても王子……。立派になられましたなぁ」


 涙ながらに語るオーガ。隣にいるオーガも涙目になっている。


「創士さん、上手くできたでしょうか?」

「完璧だよ!」


 安堵したのか、いつもの笑顔に戻るブラン。この調子なら上手くやれそうだ。その後、ブランと共に掃除の基本を叩き込む。このオーガ達は後に各地方へと普及させてくれる事だろう。掃除のやり方とブラン王子のお言葉を。



―――魔王城 ムルトゥの部屋―――


 夜。


バタンッ「入るわよ〜」

「ちょわっ!デッドアイ王女⁉︎ノックぐらいせんかね!」

「アンタ…創士と何やってたの?」

「創士さんから、服の製作依頼があったんよ」

「その前よ!あんた服着替えさせられてたわよね?」

「あぁ、なんか元の世界で見た事があるから、これを着てくれって頼まれたんさ。なまら喜んでたなぁ」

「着ただけ?」

「着ただけ。あとはコレクションを見せたくらいやろか?」


 しばらく考え込むデッドアイ。


「……なさいよ」

「ん?なんだべ?」

「私に似合いそうな服貸しなさいよ!」

「ほぇ〜!デッドアイ王女に似合いそうな服でっか?」

「もしくは創士が喜びそうな服でもいいわ!」

「ん〜…。それならこれはどうだべ?本には『男ならこれでイチコロ。童貞を殺す服』って書いて…」

「却下」

「え〜。じゃあこれは?『女王様』って書いてあったべ。向こうの世界では女王はこんな格好してるらしいんやけど、鞭を装備しないとイカンらしい。」

「ん〜、まだ王女だしねぇ。却下」

「それなら…」

「……」


 朝方まで部屋の電気が消える事はなかった。

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