第13話

 小さな体に、小さな手足。赤ん坊なら商会で子守をしていた時に何度も見たけれど、やっぱり自分の妹ともなると輪をかけて可愛いものだ。

 どの子も出生後しばらくはポヤッとした猿のような顔つきをしているため、特別美形かどうかはなかなか判断できない。ただ、それでもカガリは父によく似ているような気がした。


 まだ瞼が開いていなくたって、閉じた形を見ただけで瞳が大きいということが分かる。小ぢんまりとした形のいい鼻は、もう少し成長すればきっと筋が通って高くなるだろう。顔の輪郭は丸や四角というより卵型っぽくて、なだらかなカーブを描く額も美しい。


 この子はたぶん、化粧で誤魔化さなくたって素のままで美人になる。父に似てくれたから母がこれ以上病むこともないだろうし、見た目の可愛さも相まって、まるで天使のようだと思った。カガリが居るだけで家が明るくなるはず。家族の関係性まで改善される気がした。


 高齢出産を不安視されていた母は、これと言った問題なくカガリを産んだ。陣痛から分娩するまでにかかった時間は約2時間だったらしい。

 母の本音を聞かされてからは、何かと複雑な思いを抱えていたものの――しかしだからと言って、「死んでしまえ」なんて物騒なことは考えたことがない。

 難産にならなくて、母にもカガリにも問題が起きなくて本当に良かったと思う。


 母の腕の中でおくるみにくるまれたカガリは、つい先ほど乳をもらったばかりで安心したように眠っている。赤ん坊は見慣れているはずなのに、あんなに小さな穴しか開いていない鼻でしっかりと呼吸できているのか不安になったのが、なんだかおかしかった。

 小さな胸が上下する度に、鼻だか口だか分からないところがピスピスと音を立てているのが本当に可愛い。


「――ねえセラス、お姉ちゃんなんだから大切に可愛がってあげてね……お母さん、なんでもカガリの望む通りにしてあげたいのよ」

「ええ、もちろん! だって、こんなに可愛い妹なのよ? 例えワガママを言われたって可愛いとしか思えないわ」

「そうよね、ありがとう。子育ては私が頑張るから、セラスは仕事を頑張ってちょうだいね。それで、仕事から帰ったらたくさんカガリを愛して欲しいの。皆から愛されたら、きっと……すごく愛らしい子に育つわ」


 そんなことは正直、母に言われるまでもなかった。

 それくらいカガリは愛らしかったし、いくら「今度こそは子供らしい子を」なんて言葉に傷付けられた過去があったとしても、生まれてきた妹にはなんの罪もないのだから。


 ――まず、悪いのは父母ばかりで私にはなんの咎もないのかと言われれば、そうでもないのだ。

 間の悪いところで母に甘えたがって、それをたった一度無視されたからと言ってへこんで捻くれて。「私がしっかりすればそれで良い」なんて勘違いしたまま、両親とまともな対話をせずに成長してしまった。


 もっと早くに、勇気を出して甘えていれば。もっと、両親と胸襟を開いて話していれば――。いくらでも愛されるタイミングはあったのに、いくつも転がっていたチャンスを全て棒に振ったのは、他でもない私だった。

 そのあやまちを認められるようになっただけでも、この気付きを得られただけでも大きい。


 母は私が化粧をするようになってから態度を軟化させたし、父も母のためにああしろ、こうしろと指示してくることがなくなった。どうも母は、私を産んでからというものじわじわと心を病んでしまったようだ。


 子が父に似なかったのはある程度仕方がないけれど、わざわざそれを揶揄する周りの環境、見目の良い父との結婚を妬んだ女たちのやっかみ。元々気弱だったこともあり、それらに反論することはなくて――だからこそ周りが増長した。


 そして、そんな人たちから守ろうと立ち上がった私の行動が、母にトドメを刺したのだ。

 いくら気が弱くても『母親』だ。どれだけ周りからこき下ろされようとも、せめて庇護する子供には頼られたかったに違いない。子供に依存されて初めて、立つ瀬があったのかも知れない。


 でも、きっとまだ遅くない。これだけ可愛いカガリが居れば、私がもっと両親に歩み寄れば、まだ家族の絆を修復できるはず。

 ゴードンと商会、いずれ義理の両親になるはずの2人が居れば十分だと言いながら、両親の愛を諦めきれなかったのだ。

 まだ15歳と子供だったこともあるけれど、私はたぶん根が欲深いのだろう。


 カガリを囲んで幸せそうに笑う両親を見ていると、私まで幸せな気持ちになった。この天使が私の心まで救ってくれるかも知れないと思うと、期待に胸が膨らんだ。

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