第12話
化粧を覚えてから少し経つと、商会長夫人――ゴードンの母親が新しい制服を用意してくれた。デザイン自体は他と変わらない地味なものだけれど、私の体形に合うよう仕立てられたフルオーダーメイドだ。
化粧のお陰でいくらか父に似て、少しは見られる顔になった。野暮ったい制服も体に合って、「堂々としろ」という言葉通りに背筋を伸ばして働いた。
人の見た目というのは、本当に重要なものらしい。今まで私のことを垢抜けない子供として扱っていた商会の客も、ほんの少し見目を整えただけで鼻の下を伸ばすようになったのだ。接し方だって、遠慮のないものからやや優しくなったと思う。
ただ、あれだけ「セラスは化粧で化ける」なんて薦めてくれていたはずの先輩方の反応は、あまり
――とは言え、なんとなくこうなるのではないかと予測ができていたので、あまり驚きはしなかった。
女性にありがちなことだけれど、同性に向かって「可愛い」「こうすればもっと可愛くなる」と言う場合、全く本心ではないことが多いらしい。
子供や異性、愛玩動物には本気で言えるものの、ある程度年齢を重ねた女性が相手では話が変わってくる。心の底から可愛いと思っている時には、口にしづらいのだ。
なぜなら、
心にもない「可愛い」を口にする時、本音では相手を嘲笑って見下していることが多い。誰だって自分が一番可愛いのだから、他人に可愛いなんて言葉は送りたくないだろう。
これは間違いなく自分
つまりこの言葉は悲しいかな、相手の優位に立つためのマウント取りに使われるものだ。
もちろん、心の清らかな女性はここまで捻くれていないし、決して全ての女性に当てはまる訳ではない。ただ、私は大多数がそうではないかと思っている。
私の心根が汚れていることもあるし、本音と建前を使い分けて稼ぐ商人を見て育ったこともあるし……血の繋がった両親でさえ、表の顔と裏の顔を巧妙に使い分けていたのだ。
言葉は時に、ナイフよりも鋭い切れ味をもつ。美しい言葉や態度で醜さを取り繕って他人を騙す人間は、笑顔でじわじわと人の心を嬲り殺す殺人鬼になりかねない。
誰彼構わず馬鹿正直に信じていたら足元を掬われる。優しい言葉を吐きながらも、虎視眈々と誰かを引きずり降ろそうと画策する人間だって居る。
言葉の裏の裏、そのまた裏の裏まで予測して、推理して、察しなければ。そのくらい慎重で疑り深くなければ、商会では生き残れないのだ。
だから、商会の先輩方が「可愛い」と口にしなくなったとしても、「ちょっと化粧が派手すぎるんじゃない?」なんて笑顔で茶化してきても、「皆と同じ形の制服の方が良いんじゃない?」なんて、暗に胸を強調するなと言われても全く問題ない。
皆してこれだけ足を引っ張りたがるということは、私がそれだけ垢抜けたという証明に他ならないのだから。
――それに、母から「ずっとそうしていなさい」と言われたからには、今更もう野暮ったい姿には戻れない。
先輩方に何を言われても気にせず頑なに態度を改めなかったのは、もしかすると母に対する意地のようなものがあったのかも知れない。
父に似なかったことがそんなにも辛いなら、言われた通りにしてやろうじゃないか。母の気が済むまで付き合うから、二度と私に黙って不満を募らせないで欲しい。あわよくば愛して欲しい――と。
もしくは、単にこの顔で母に褒められたという成功体験が忘れられなかっただけなのかも知れない。
なんにしても、他でもないゴードンが誇らしげな顔で「ほら、やっぱり俺の言った通りだった」なんて言って鼻を高くするから、私はそれだけで十分息がしやすかった。
相変わらず商会長は目を掛けてくれたし、夫人も可愛がってくれた。だから先輩方も表立っては動けなかったのだ。
――もちろん、裏ではかなりの陰口を叩かれていただろうと思うけれど。
この頃の私は、商会こそが全てだった。だから、商会長より直々に「まだ早いけど、セラスさえ良ければゴードンと婚約を結ばないか?」と持ち掛けられた時には、飛び上がるほど喜んだ。
そして、私とゴードンの婚約話が持ち上がったのとほぼ同時期に、待望の妹――カガリが生まれたのだった。
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