第3話
冬はケモミミ子供の言葉を脳内で反芻させてから、身を屈んで視線を合わせる。
「えーと。あなたの主様のお名前は?」
「よごろひとしさまです」
「あいつファンタジーの住人だったの!?」
不思議世界の住人だったかと驚くが、ケモミミ子供が怪訝そうに「え?」と声を上げたので、慌てて誤魔化す。
「げふんげふん。なんでもなくってよ。ええと、あなたのお名前は?」
「あおたろうです」
ケモミミ子供こと、あおたろうは丁寧にお辞儀をする。
冬には聞き覚えがある名だった。
「あおたろう。どこかで聞いたことが……? 思い出した!」
あれは最初の浮気が発覚するまで同棲していた頃だった。斉は机の上に直径20センチほどの黒い犬の木彫りを置いていて、毎日愛でていた。挨拶はもとより、埃がつかないように毎日磨き、甘味のお供えをしていた。
犬の木彫りを愛でる時の優しい眼差しが素敵だと思った。物を大切にする人だと感心したので良く覚えている。
二体あったうちの一体を『あおたろう』と呼んでいたはずだ。
実家で代々伝わっている『子供を守るお守り』らしく、あかべこの別バージョンといったところだと説明を受けた。
そこまで思い出した冬は確認する。
「あなた、木彫りの犬……黒い犬よね? 斉が毎日手入れして、話しかけて、まるで自分の子供のようにかわいがってた、あの」
「はい!」と返事をして、あおたろうの目が輝く。
「それです! 僕は付喪神なんです! すぐに結びつけていただいて光栄です!」
にぱぁっと弾ける笑顔に、冬は眩しそうに瞼をつむる。
「付喪神……。ああ、なるほど」
付喪神とは、長い年月を経た道具などに精霊や霊魂が宿ったものである。
現実離れしているが、ファンタジー小説愛読者の冬はこんな事もあるんだなと、すんなり受け入れた。
でも念にために現実かどうか確かめてみよう。
冬はおもむろに、砂利の石を拾って握り絞める。角ばったところがとても痛い。
痛いから夢ではないはずだ。
何度も石を拾って全力で握り絞める。
「痛い」と言いながら、石をニギニギしている冬の奇行をスルーして、あおたろうは躊躇いがちにお願いをする。
「冬さま。その、主さまに愚行は理解できますが、あの方の伴侶は冬さましか考えられません。どうか、傍に居てやってください」
「無理です」
現実と確認し終わった冬は、石を捨てながら即答した。
「浮気されて心身ともに傷ついてるんです。あいつ地獄に落ちろって半分思ってる」
「ですよねぇ」とあおたろうは苦笑した。
「そのお気持ちも十二分に理解できます。冬さまを愛しているのに浮気する。目に余る行動です」
「目に余りすぎて目が腐るほど……よ」
死んだ魚のような目になった冬に、あおたろうは心底申し訳ないと深くお辞儀をする。
「心中察します」
そしてパッと顔をあげ、情念の灯った瞳を真っ直ぐに冬へ向ける。
「ですが、主さまは冬さまを愛しております! それだけは間違いありません!」
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