第2話

 自分を愛してくれる嬉しさと、他の女のケツを追う嫌悪感が、いつも天秤にかけられているが、徐々に嫌悪感の方へ傾き始めている。

 寧ろ、我慢強いほうではないだろうか。と自画自賛をして気力を戻したところで。

 

「はぁ。どうしたものか」


 冬はもう一度深いため息を吐いた。

 三十路に突入した冬にとっては、真剣に結婚を考える年齢に突入した。白黒はっきりつけたいのが本音だ。


 スマホの画面をみる。

 『別れてください』という一文に対して、既読になっているものの返事はない。


 何度かのため息を吐きつつ、ポケットに納める。

 

「あれだけ浮気しているから良い女いるだろうに。どうして私に固執するのか」

 

 いっそのこと、嫌いになりたいなぁ。

 

 眉間に皺を寄せ、最後に盛大なため息をついた。冬は立ち上がろうとしかけて、ふと、腕越しに『耳』が見えた。『黒い動物の耳』だ。

 大きさから言えば、大型の犬。

 散歩中の犬が近寄ってきたのだろうか、と思い顔を上げると、冬は目を丸くした。

 

 石段に座っているのはケモノミミをつけた着物姿の幼女……いや少年……いや幼女……性別が分からない。

 肩まで伸びた黒髪に、もちっとしたほっぺをもつ丸い顔。くりっとした青い目。緑色の着物に黄色い羽織をかけ、羽織から黒いもふっとした尻尾が左右に揺れている。


「!」

 

 冬は吃驚して上半身を右に傾けた。

 可愛い!

 可愛いが、得体の知れないものだと気を引き締める。

 常日頃からファンタジー文庫を愛用しているため、もしやこれは、『神様の使い』というやつなのではないかと期待が走る。


 いやもしかすれば、これは見てはいけないもので、見たことによって何か試練を行わせる系かもしれない。と警戒が強まる。


 考えた結果、冬は子供が見えてない風を装った。視線を明後日の方向に向けながら、体を右へ傾けつつゆっくり立ち上がる。

 

「あー、あー。夕飯作らなきゃー。早く帰ろー」

 

 決して子供を見ないように、冬は石段を降りて砂利道を進む。

 

「あのー」

 

 ソプラノボイスが腰の辺りから聞こえた。

 ちらっと視線を下へ向ける。ケモミミ子供がもじもじしながら冬を見上げていた。物言いたそうなくりっとした目が、冬の心臓をドドドドドと打ち抜く。

 

 心の中で『かわいい!』と絶叫して、萌を全力で噛みしめる。

 そこで現実に戻った。

 さて。可愛さに負けて返事をして良いものか?


 迷っていると、子供は冬のコートをくいくいと軽めに引っ張りながら背伸びをした。冬の顔をよく見ようとする仕草は大変愛らしい。

 

 はい。負け。

 

 心の中で鼻血を出しつつイイネボタン連打。

 

「なんでしょうか!」

 

 冬は元気よく返事をした。可愛さにメロメロのまま目じりを下げて聞き返すと、ケモミミ子供はぱぁっと笑顔になった。ご来光の幻覚が目に焼きつく。

 

 なにこの生き物最高か!

 

 くらぁ……と浄化しかけて体が倒れそうになる。冬はふくらはぎに力を入れて踏ん張った。

 

「あの、あの、えっとですね」

 

 ケモミミ子供は若干口ごもったが、意を決して拳を握りしめた。

 

「ぼくの主さまがいつもごめんなさい! 見捨てないであげてくれませんか冬さま」

 

「!?」

 

 予想だにしない言葉を聞いて、冬は固まった。

 

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