ぼくの主さまにひと泡吹かせてやりましょう

森羅秋

第1話

 

 パァン!

 

「お願いします! どうか、どうか、あの男に盛大な天罰を!」

 

 人目もはばからずにそう叫ぶのは、今年30になったばかりの木藤冬きとうふゆだ。整った容姿に、腰まで伸びた長い茶色の髪。パンツスーツ姿の上にロングコートを羽織っている。


夜凝斉よごろひとしに盛大な天罰を!」

 

 陽が沈み黄昏時の神社の境内に、冬の声が一際響く。

 

「それが無理ながら、別れさせて!」 


 般若面をつけたような雄々しい表情は、熱心を通り越して呪いを送り込んでいるようだ。さぞや神様もいい迷惑だろう。


 彼女の姿を視界に入れる者はない。神主も巫女もいない境内は、帰り道を急ぐカラスや雀の鳴き声が聞こえる程度だ。


 熱心に拝んだあと、冬はおみくじを引くため移動する。履き古したパンプスの先に砂埃がついていたので、軽く払った。


 おみくじが入った箱に手を突っ込んで、手のひらに入ってきたおみくじを取る。


「恋愛運、恋愛運、恋愛運」


 ブツブツと呟きながら開いて、おみくじ内容に目を通すとショックで全身が固まる。眉間に深い皺を寄せながら、「はぁぁぁぁ」と魂を抜く勢いでため息を吐いた。


「小吉。恋愛運は……待ち人来ず。おおうマジか」


 落胆しながら、冬は深く腰を折った。


「くっっ。おみくじまでも……」


 苦虫を噛みしめたように口の中に苦々しい味が広がる。唾液がこんなにも苦い物だとは思わなかった。


「くっ。とりあず、結ぶ、か……ぁ」


 意気消沈しながら、冬は疲労感満載で立ち上がると、おみくじが結んであるロープに自分の分を結んだ。

 運がいい方向になりますように。という願いを込めたが、どうしても虚ろな眼差しになる。そのまま結び目を眺めてしばらく佇んだ。


「ああああ。ほんっと。馬鹿みたいいいいい」


 両手で顔を覆って叫ぶと、ふらふらとした足取りで境内の石階段に座り込む。太ももの上に肘をおいて頬杖をついた。


「私がなんんであいつの行動に一喜一憂しないといけないのよ」 


 夜凝斉よごろひとしとの出会いは高校から始まる。仲の良いクラスメートだったが、二年の夏、彼から告白されて付き合い始めた。

 就職して生活が安定したら結婚しよう。とプロポーズを受けて承諾した。すなわち婚約者だ。

 

 あと一年経過すれば入籍しようと笑顔で言われたのが半年前。その間に浮気した回数3回。付き合い始めてから数えると30回は優に超えた。

 そう。彼は浮気性だったのだ。


 浮気を助長させているのは、間違いなく斉の見た目と性格だ。

 ホストのように見目がよく、人懐っこい性格。 

 それが仇となり彼は女性に良くモテた。本命じゃなくてもうい、セフレでもいいと言い寄られる始末。彼女がいるのにである。

 女性に言い寄られると、断るどころかホイホイと手を出していく。しかし女性との関係は半年も持たない。かといって、すぐに新しい関係を結ぶので、冬以外の恋人がとっかえひっかえ存在するのだ。


 勿論、冬は浮気を許していない。

 浮気が発覚した時にいつも別れを告げるのだが、その都度、土下座で謝り倒される。

 君が一番好きなんだと拝み倒される。

 果ては友達からの関係でもいいから傍にいてくれち泣かれ。友達に戻ると再告白される。いつの間にか恋人関係に戻っている。こにサイクルが何年も続いている。

 

「そうよ。嫌いになれたらいいのに……」


 こんな関係、きっぱり解消したい。

 冬は常々そう思っているのだが、タチが悪いことに彼女は斉を愛していた。だから浮気を繰り返す彼の傍を離れる事が出来ない。本当に浮気以外が非がないのだ。だから斉が浮気を止めてくれればいいのだが、天性の女好きならば死ななけれ治らない。冬は絶叫した。

 

「嫌いになれたら苦労しないのにーっ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る