10‐03「見渡せばそらいろ」 第10話 完
「つまり、スカウトもせず先輩になって一緒に部活をしていたと…」
「…なにしてんの…」
「はぁ、、、」
実在研のレクリエーション室のタラ、みらの、そらいろの女子会は続いていた。
そらいろが空是のスカウトのために女子高生になって、彼と半年間部活をして過ごしていたという話を聞き、タラとみらのは呆れ顔になっている、という場面だ。
「じゃあ、学生の一色君に情が移っちゃったんだ。そんな子を戦争に送り出すことに大人として葛藤があると」
タラのまとめにそらいろがうなずいて返す。
「そういう…ことだと思います」
「…でもさー、結局条件は整っちゃったわけだし…一色君が自主的にギグソルジャーとしてやっていく事を選んだわけで…そらいろがそんな、自分のせいで悩むのもおかしいんじゃない…?」
「でも、私が誘わなければ…!」
「…誘わなければ、彼は彼で独自に仕事としてギグソルジャーをやり続けただけ。ここで実験小隊というテストプレイヤーにはならなかっただけ…私としてはこっちに来て正解だと思うよ…」
みらのが得意の損得勘定でそらいろに指摘する。
「給料も、こっちの方がいいしな!」
タラも空是の選択を肯定した。
「でも…」
そらいろは、まだ納得いかない感じだった。
「でもさー、そらいろが女子高生やってったうけるね。よくできたね?」
「部室でしか空是くんとは会わなかったですから。あとは電話にチャット…」
「だったらごまかせるか。私ももう一回高校行きてー!教室に帰りてー!」
タラの呑気な言い様にみらのが反対する。
「…行きたい?高校なんて?あんなアホばっかのとこ」
「それは、私とみらのの送ってきた青春の差ってやつだよ」
「…うっさいな、どうせ私は浮いてましたよ…」
二人の言い合いの中、そらいろは大きく口を空けて天井を見ていた。
彼女は天井に目を向けていたが、そこを見ず、遥か彼方を見ていた。
それは何かを発見した人間の顔だった。
「私…帰りたかったんだ」
食堂。
空是はまぴゆき、タダオ、友禅寺の三人に部室でのそらいろとの関係を根掘り葉掘り聞かれていた。その結果
「お前嫌い」
友禅寺が代表して言った。
「なんでだよ!」
「空是くん、私は君の境遇を悲劇的と思い、同情していた。だがそれも、今日までのようだな」
眼鏡の冷たいレンズ越しにタダオが宣言した。
「なんでですか!」
「お前はその思い出だけを抱いて、一生童貞ですごしとけ」
「鬼!」
三人ともに酷い妬みようであった。
しかし、空是の語った部室での日々は、美人の先輩とのプラトニックで甘く暖かい、どう聞いても羨ましがらざるを得ない、そんな青春であった。
「そんなか?」と思っているのは、その青春を送っていた当の本人の空是だけであった。
「しかし、そらいろ君が空是君をスカウトするためにそこまでしていたとはな…」
タダオは彼女の献身ぶりに驚いていた。
「こいつが、いつもはプラプラ頼りないから、スカウトするか悩んでたんだろう」
友禅寺の空是に対するトゲの強さが一段上がっている。
「覚悟ができてへんのを、戦場に送り出すってのは、スカウトの立場からしても辛かったんやろうな。ソフトになっとるとはいえ、戦争は戦争。しかも無記名戦争なんて言っとるが、実際はサイバーテロの一般化みたいなもんやからな」
「そらいろ君は、優しいからな…」
「お前がいつまでもガキだから、そらいろさんは不安なんだよ。もっとバシっと男らしいとこ見せろ!」
「覚悟は自分で作るもんやしな。もう心配しないでええですよって、彼女に見せたれば、心の重荷もとれるかもなー」
「そ、そういうものですか…」
空是は、この人生の先輩と同輩の意見に動かされていた。
たしかに、ここに来てからの自分は、そらいろ先輩に対してはいつも、すがるような目をしていたのかも知れない。それが彼女の気持ちを暗く、重くしていたと考えると、解決方法は一つだった。
「もっと、自立した男として、先輩と接すれば…」
女子会から開放されたそらいろは、一人廊下を歩いていた。その顔は天井に向き呆然としていた。
自分自身の本心に気づき、その心の有様に呆然としていたのだ。
目を閉じると、あの暖かい部室の光景が蘇る。その暖かい光景が痛みに変わり心に刺さる。
「ああ…私って、なんてバカだったんだ」
そらいろは、歩みすらおぼつかなくなっていた。
今日一日、いろいろな人からいろいろに言われてきた。
「一色空是をスカウトする仕事」
それを捨てて、そらいろが何をやっていたのか。今になって自分が何をしてきたのか再確認してしまった。
「私、ずっとあそこにいたかったんだ」
それが理解できた時、心がズンと重くなった。歩きが止まってしまった。
「無くしたくなかったんだ、あの時間を」
部室には彼がいて、自分がいた。
限りなく無為で、とても暖かい部活時間。
初めて会った彼は、いきなり頭を下げていった。「Eゲーム研の部長になってください」
それから彼のために研究会の登録をし、部室を用意した。
部費の使いみちに悩む彼の顔。
あの子の気持ちは全て顔に出ていた。
全ての気持ちが透けて見えて、自分の中に入ってくる。
彼女がゲーミングチェアを勧めた時の輝く顔。たった一人のゲーミングブース、自慢げな顔。ゲームをすれば、素晴らしい才能だった。褒めるとその顔には何色もの喜びが浮かんだ。私が話すと彼が答える。
いつのまにか、あそこに私の居場所ができていた。毎日、毎日、彼と会い。彼と過ごした。
言い訳はいつも用意されていた。
「いつか彼をスカウトしよう、そうゲームで一番になったら、
そう一学期が終わったら、
そう夏休みが終わったら、
そう、一年が終わったら、
そう…彼が卒業したら…」
涙をこらえようとそらいろの顔は歪んでいた。
「あの子をスカウトしてしまったら、あの時間は消えてしまう」
だからスカウトしなかった。エントになにを言われても、しなかった。
他の子をどんどんと送り込んだ。彼をスカウトしないために。
でも、その時が来てしまった。彼の家が襲われ、彼自身がギグソルジャーの道を選んだ。
廊下の先から誰かが歩いてくる。
鼻をすすり、顔を正常に戻す。廊下のカメラで歩いてくるのは空是だと分かっている。
「だったら、今からここを部室に変えればいい。彼がいるんだから、いつだってできたはずだった。彼と笑顔をかわそう。そうすれば」
「いつものクウゼくんがいてくれる」
そらいろは、素知らぬ顔で歩き出した。もうすぐ彼と会える。
「そらいろ先輩」
廊下の角から現れた空是は笑顔で挨拶してきた。
だが、その顔は彼女の知ってる笑顔ではなかった。少し、そらいろは止まってしまった。
「先輩、調子はどうですか?こちらに来てちゃんと話せてなかったけど、僕はけっこういい感じです」
「ええ…」
彼の表情が透き通ってこない。いつもは自分の胸の中に飛び込んでくるような、彼の気持ちが、表情の下で止まっている。
「先輩、心配かけちゃったみたいですね。僕はもう、大丈夫ですから。」
「うん、お互いがんばろう…ね」
そらいろと空是の間に距離がある。学校ではもっと近かったのに。
そらいろはそれ以上の言葉を出せなかった。なにか思い出話を、学校のことを、部室でのことを、話そう。そう思っても、そこにいる空是の顔に学生だった頃の表情はなかった。
そらいろは、彼との間にあった、あの暖かい空気が無くなっているのを感じていた。
あの日の部室が、遠く遠くに去ってしまったのを感じた。
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